id:dadako は
自分(id:dadako)のことを語る

オシムがいってる自己表現、は、仕事だけではなく家庭も子育ても、人生すべてをきちんと味わうこと、の先にある。
男のほうが社会から「仕事だけしてろ金勘定だけしてろ」っていうプレッシャーによりさらされてるのは、子供のときからうすうす気づいている。だから、わたしは中学のときにそう思った。高校で、95パーセント以上の超進学校なのに「女子は男子ほど真剣に将来のこと考えなくていいから」という女子に、男子も女子もうんうん頷いてたのもそういうことだ。男のほうが、仕事につながらない何かに出会うチャンスに恵まれにくい。

さらに、「稼ぎの額が最大の価値基準・成功の判断基準」っていう社会価値もすりこまれる。そこでは、稼ぎのない仕事は仕事じゃないし、稼ぎのない人間は結果が出ても成功者じゃない。
だから、給料基準がもともと低いことが多々ある女は、わかりやすい成功者になりにくいし、結果や成績を出しても正当な評価をもらいにくい。金額として男ほど稼げてるわけではないから。むしろ成功すると、こないだ書いたみたいに、性的に消費しようとされるし、容貌等で性的に消費できない・しにくいと判断された場合は「名誉男性」扱いされる。どっちも女であることを過剰に意識させようとしているという点では同じ。
「女性は何でも好きにできる」、が、それは、男性以上のリスクをしょった場合に限られている。リスクに対するリターンは、男性よりいっそう見込めない。

そんで、そういう「正当に評価されない」という話をしようとするときに、結局、金勘定の話にしてみせないと通じない。それでさえ、まま通じないことのほうが多い。

「女性は何でも好きにできるが、我々はどうせ自由にできないのだから」というの、たぶんこの文章の元になってる2012年の雑誌(例のオシム表紙のに収録)のほうでは、「女子のほうは何でも好きにできる、ならば男子は、そこまで必死にやる必要はない」と、もっとはっきりと「コンプレックス」として書いている。そして、「男子がコンプレックスを抱く間に、女子はワールドカップを優勝した」と。