演技構成点に偏りが云々については、「何をもって美とするか」「中央と周縁」みたいな観点から学問的政治的な問題提起してくような話だと思うんだよなあ。そういう点ではフィギュアは古くさい視点を維持、とわたしも思う。そういうのはバンクーバーの時のアイスダンスのODでも問題になった、んじゃなかったっけ?
どなただったかのブログで「女子フィギュアはいかに女子ジェンダーに乗った表現するかも評価軸」と読んだことあって、「ああ「演技」だねえ」と思ったことがあって、そういうもんだと思って見るようなとこはある。
だから、この選手うまいけどやるプログラムが好きじゃない、このプログラムじゃなきゃなあというのは、わたしにはよくあるし、それが上位を占めちゃうと「あー……」という気分になるのはわかるんだけど。
でもそれは個人の好き嫌いであって、普遍じゃないわけじゃん?
そういう意味でなら採点基準に実際偏りはあるだろうなあと思うけどさ、そこまでの問いかけしてたら、フィギュアスケートなくなると思うよ。
