id:dadako は
自分(id:dadako)のことを語る

ああそんで、訳者による文学ガイドでスタヴローギンの教唆と看過についてを読んだ時にわたしの頭に浮かんだのは、昔どっかで読んだ天皇の話。
臣民に直接話しかけることはなく、独り言として口に出したことを侍従のような立場にいる人(もちろんそれ専用の係)が耳にしてそれを「と、陛下が呟いてらっしゃった」という形で伝える、という形になってた、という話。つまりは意思を汲み取り推察して動くということ。
スタヴローギンはここまでではないが、それでもそれに近い立場だった。少なくともピョートルは、そういう形式を作ることでまとめて、一人一人が平等といいつつシドーリョフが描いたような社会を作ろうとしていたように思う。キリーロフとシャートフがまったく逆の説にたどり着くのも納得がいく。
しかしスタヴローギンは、教唆と看過が罪にあたるのかどうかになど興味がなかったろう。自分がぬるい存在であること、どうしようとも熱くも冷たくもならないことにしか関心はなく、しかもそれを絶望すらしなかったろう。ラストですら。