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自分(id:dadako)のことを語る

『フランダースの犬』のネロは、原作では10代半ば。それを考えると、彼女の父親がなぜあれほどネロを嫌ったのかとか、おじいさんとパトラッシュとだけの生活の過酷さや惨めさとか、
何より、美術学校へ行けないことの意味、ネロの絶望が、身にしみてくる。
もう自分には何も残っていないと思ってしまってもしようがないだろうと。

先が見えないのと余裕がないの、は、卵と鶏くらい、どっちが先かわかんないと思う。この状態に入ると、その人だけの力や意志ではどうにもならない。外からの視点・援助がない限り、そこからは抜け出せない。強靭な意志だって、たとえかそけきものであるとしても希望の光が見えなければ持つことはできない。

極端な例に思えるかもしれないけど、外からはネロほど悲惨には見えなくても、内実は彼と変わらないくらいの状況に置かれてる(少なくとも本人にはそう見えている)こどもはたくさんいる。
それでも「その生活は君の(親の)責任だ」と言える、言いきれるんだろうか?