「やっちゃった修復」話というのはけっこうある。
それが一般には修復だとわかってないんじゃないかと思うこともある。映画『陰陽師』で壊される土人形、内側が白いの、スタッフが、博物館などの展示物は修復部分が石膏だと判別できるように「わざと」白いままにしてるのだ、と知らなかったんじゃ、要するに、実物だと思ってたんじゃ、と。今でも見るたび気になる。
北海道のどこだかで同居人が見たのには、「わかりやすいように」赤くペンキで塗りました、というのもあったそう。
文化財にどう関心持つかというか、そもそもなぜそれが文化財になってるのかというのは、あまり一般には興味を持たれてない気はする。
今、仕事してる場所柄か、文化財も、一般には観光資源としかみなされないんだなという一種の絶望がある。
だから名前彫ってきたりしちゃうんだろう。
カンボジアでの修復も日本の「わかりやすい」修復より「お手軽にそっくりさんつくりたしました」な修復の方が好評だという話もあるし。
リフォーム番組で曳家するの見て、外観だけじゃなく道との位置関係自体も文化に密接に関わってないか?と疑問に感じたり。文化財じゃないし住人の生活があるからしかたないけどね。
保存も大事だけれど、どこまで残すかなぜ残すかという問い直しも必要な気がする。いずれ消えてしまうから、とか、時間が変えてしまうから、今のままにいじらないことに価値がある、ものもあるかもしれない。
