うまいこと言えんけど違和感あるなあ。 「正義を唱える人が争いをしかける」ことは多々あるけれど、しかける側がその場での多数派か少数派かで、「正義」や「争い」の意味はずいぶん変わると思うが。 そんでもって、常にほんとの多数派は、その争いを脇から見ている人間だ。彼らは争いを看過することで、結果的に、常に勝利する側につく。 いじめの問題はことさらそういうもんだと思うが。