今日思いついたけど、指摘してそれが認められ訂正され謝罪されるのが怖かったりするのもあるかもね。 ハイクにも何回か引用した、『孤独な円盤』の、「海に流した小瓶」なのかもしれない。誰かに届く可能性と希望、でも、理解されてしまうことは、怖ろしい。 わかるとか言われることへの反感や恐怖は、深く傷ついたことがある人にはつきもののような気がする。