自宅から帰宅した同居人と話してて思いついたのだが、ツイッターとかハイクは、確かにペンションやサークルや献血センターや山小屋や図書館のYAコーナーなんかに置いてある交流ノートに似てる部分があるかもしれない。 あの手のものには手を出さなかったが、新聞や雑誌の感想や投稿はちょこちょこ送ってたわたしには、違うイメージのものなんだけど、あっちの方が近いのかもな。 そう考えると同居人がこういうツールに手を出さないのもなんか納得できるわ。