5月は長く感じた
…連休があって、家族でいた時間が長いからだ!!

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5月は長く感じた
…連休があって、家族でいた時間が長いからだ!!
6/26夕方、ご一緒して下さる方 ゆる募します
おはようございます
ざざ降りです
「裏秋葉原」っていう、ニトロプラスが出資してるらしい飲み屋さんに行ってみたい
来月末あたり…ピザ屋さんもあるけど、串焼き出してる方の店舗
通り道にタチアオイがたくさん咲いてて、
この花好きなので嬉しいのですが
「タチアオイの花が、下から開き始めて茎のてっぺんまで咲き切ると梅雨が明ける」って
なんかどっかで聞いた気がする 出典は定かじゃないです
( ´-`)。o 0 (… 最近観た映画の声優…山ちゃんより森川智之が頻出な気がする…)
明日
排水口ネット
上履き洗い
あ、オバマさんはサングラスをかけて降り立ったところまでしか、中継では
見られなかったんだけど、演説全文の訳が出たから読んで、
それで元気が出たって気がする、ホントに
久々に良いニュースだったなあと思う 被爆を経験した方々の口から出てくる言葉が この71年の長い年月悩みに悩んだ
その末に
やってきたアメリカの代表に向けたのは怨嗟と復讐や謝罪を求める言葉ではなかった、
っていうのも人間の最高に善の部分を感じられたというか…
上手く言えないけど いろんなことに対して希望がわいたし、人を信じられるようになれそう
そんな素敵な歴史的出来事だったと思います
何となく落ちついた、みんな寝たからと言って特にやりたいこともないからワタシも寝ようかな
保育園の指導の件は本人が楽しそうに行ってることと、あとは彼女の
心の柔軟性やたくましさを信じようと思う
子どもに何をして何をしなかったかが、どれくらいこの先に影響するのかなんて
誰にも予測出来ない
個々の子どもの相性や、運もあるし…
おやすみなさい
つーかさぁ! うちの子どもら、みんな外でおりこうさんしすぎなんだよぉぉぉ
会社づとめか!
ワタシもそうだったけど…
弊社の役員が長患いの末亡くなったとき
斎場を出た霊柩車がわざわざ遠回りして、本社や各支店の前を通るルートを経由して火葬場へ向かいました
本葬の時間には仕事してましたが 支店勤務だったので
車が前を通るのを待って、ホーンを鳴らしたときに皆で手を合わせました
こういうの、他の会社でもなさるんでしょうかねぇ
「ただしイケメンに限る」が女心の真理、のように
人口に膾炙してもうずいぶん経ちますが
最近 「少女マンガの彼役によくある「ドS彼氏」なんて 現実にいたらタダのデートDV男だ」
「男のどんな行為も受け入れることが愛情だと勘違いしている友人がいる。ケガや中絶もしていて、とても心配」
という もっともで真っ直ぐな不快感を表す人がたくさん出てきて、
もっと時代が進めば「イケメンだろうが許されないことはある」も浸透するはず、
ドンドン広まってけばいいな、と思いました
娘の保育参観に行ってきた…
うーん…いろいろ考えてしまった 今のところ、娘は楽しそうに通ってるけど
歳が上がるにつれて ますます教育熱心というか 運動も座学も、スパルタになっていってて
送迎しやすいというだけで選んでしまったけれど
これ娘が負けず嫌いでなんでもやりたがる子じゃなかったから
(例えば息子みたいに 叱責されるとプライドが傷ついたり失敗や遅れを自分で気にするタイプ)
なかなかにきつい方針の園であるなー…と思ってしまった
おねしょが止まないのも 無意識にストレスをためてるからなんだろうか
息子やワタシの小さいころだったら ドロップアウトしてたかも…娘はすごいなあ…
死んだほうがいい、ろくでもないやつなんだろうけどねぇ
子ども産んじゃったし 人の良い周囲に恵まれて 生かされているような
お金を貯めたい、やせたい
今日はこんなことばかり考えてる
痴漢被害に遭わない/いじめられない/DVや虐待から身を守る/ストーカーを撃退するノウハウ
はよく語られるけれど
私は 自身が、もしくは家族や身近な人が
痴漢にならない/いじめっ子にならない/DVや虐待をしない/ストーカーにならない(させない)
ためにはどうすればいいか、必要な知識が欲しいなあと思います
放って置かれたり 自己正当化をしつづけたために 加害者になるのもすごく悲しいことだな と思うから
いちど好意を持つと すべてが相手の色に染まってしまう、相手と自分を同一視してしまう、ベッタリ依存してしまうから
「私は人を好きになっちゃだめなんだ 誰も好きにならないようにしよう。浅い付き合いしかしないようにしよう」と、身構えてる面はある
ワタシと縁を切る、と言った人々は 皆その後いっさい連絡も接触も経ってくれて
(第三者にワタシのしたことや、厄介な性格を吹聴して回る、ということもしないでくれた)
それは、とても優しかったなと思う
おそらく分岐点は「相手が拒絶の意志をハッキリ示した」時だったと思う
もう会わない、あんたが嫌いだ、とストレートな言葉をいただいたときに
さらに逆上&エスカレートする危険もあったけれど
私はとりあえず そこで「とても仲が良かった人でも、関係は変わることがある」ことを知ったのと、
「拒否された、傷ついた、悲しい!」という自身の感情のほうへ、興味が傾いたというか、
そこまでされて やっと失恋なり、絶縁なりという 事実を受け入れられて
傷をリカバーするほうへ、ストーキングに費やしていたエネルギーが充てられたので
やめることができた、と思う