結局 「嫌い」っていう感情は
自分にすごく良く似たもの
自身の認めたくないところを見せつけられるもの
「ホントはソレやりたいのに、欲しいのに」って思いながら、抑えてる欲望を表現したもの
に対して、湧くものだったりして
つまるとこ ぜんぶ近親憎悪かもしれない
だからあまり嫌い嫌い! 言い過ぎると 無意識に自分の心を責めて縛りつけちゃう なんか苦しくなる
自分の影に向かって刃を突き立てるようなもの(「ブレイブ・ストーリー」にそんなシーンあったなー)
イヤだなあ と思うものを見たとき
「でもワタシもそういうとこあるよな。たいして変わらないな」って、冷静になれるならそう思うようにしてる
ふと2008年(長子が生まれて、仕事復帰した直後)の自分のブログを読み返してしまい
恥ずかしくてのた打ち回りそうです
今と真逆の人生観もどきを語っていて
なんでそんなに言葉がとんがってるのか・・・いちいち攻撃的・・・
うーん、はりつめていたんだなぁ
家のはインク買ってきて夜プリントする
店のはDM兼ねてるので毎年私製、今日あたり印刷屋さんから届くはず →宛名印刷して年賀ハンコ押して送る
本社のは見ないフリしてたけど 今から写真送るから 作れって orz
いちおう全部オリジナルデザインやから・・・ だいぶ妥協してるけど
年賀状印刷はプリンタのインクを買ってこなければこれ以上進まないようです ガクリ
では、ハイク的おやすみなさい
点と線模様製作所の、岡さんの本がおもしろかった…
職人仕事をしている人たちのプロフィール読んで、自分よりずっと歳上かと思っていたら同い年だったりすることが多い
言葉の端々から「成熟」の匂いというのか、
何かの美味しい果実の匂いや汁がこぼれるようなことをおっしゃる
真剣に自分の手を使い、ものと向き合ってみがいた、凝縮された時間は
ひとを短時間で成長させるのかな とても大人に感じる
画面の中、指先だけで右から左という便利な世の中、というのは
良くも悪くも 人を幼いままにしておく社会、と言えるのかもしれない
95年がいろいろとターニングポイントかなあ、と
一般家庭にWindowsが認知され、地下鉄にサリンが撒かれ、起きないと言われてた地域に大地震が起き、ワタシは初めて同人誌を作りコミケにサークル参加したころです
あ、でもこれって 世渡り術として誰でも考えることか・・・ハハハ
あなたは何恐怖症ですか
なんとなく 「嫌い」と「怖い」の線引きが アイマイな性格なのだな と思う
「何かが嫌」と言ってしまうと 嫌いな対象そのものを中傷することにもなるけれど
それを好きな人と出会って付き合う上で 何かとカドが立つかもしれない、って
無意識にハッキリ嫌いと言うのを避けてるところがあるかも
(他にも「嫌い」って明言するデメリットを感じて、打算的に言わないでいる理由は、イロイロある ^^;)
「怖い」のほうが それは私の中だけの問題なんですよ、って 内々に処理できるというか ね
ハイク神社
ダンナさんと一緒になってから「参詣」と言う行為からはすっかり遠ざかってしまったなぁ
神社仏閣に立ち入るだけで、どうこういうほど厳格な人ではないので、近くの神社には散歩に行くし
ワタシも特にお賽銭投げたりしたい! おみくじ引きたい! というわけでもないけども
年内に できるだけ売掛が回収できますように (迫真
いつ買ったかわからない漫画をやっと読み終えたので、おやすみなさい
女子中高生恐怖症
嫌いじゃないです、怖いです
制服のグループが電車にたくさん乗ってきたら車両移動します
今目の前にいるその人たちがどんな人かたちかは関係ないのです 彼女らは何も悪くない
ただ勝手に昔のことを思い出してしまって
反射で女子の群れが視界に入るのは避けたいし、会話を聴くのがツライ
恐怖症ってそういうものだと思う
ダンナさんには
「観光に行くわけじゃないんだから、レポートメールや写真は一切送らなくていい。
話は無事帰ってきてから。着いた時と帰る時だけ教えてください」
と伝えてあるので
今日もイライラがたまって、体じゅうの凝りと手足のしびれと背中痛がひどい
でも当たらなかった、実家を頼らなかった、切れなかった、耐えた。
よくがんばったよ、自分
この週末までは試練のときかも
ここを耐え抜いたら、少しは強くなれるって言い聞かせています