( ´-`)。o 0(…ぶすーっっとしてるよ…どうするかな…)
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ぼんやりのことを語る
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( ´-`)。o 0(…財布の紐…休日出勤で残る夫…)
ぼんやりのことを語る
( ´-`)。o 0(…京都…新幹線ホテルパック…和装美人ペリー…)
くたびれ はてこのことを語る
すごく悩んでいたことを、先日信頼している人に思い切って話してみた。
どっかんどっかん爆笑されて、涙を流して笑い転げる姿に
「そうか、それほどナンセンスなことだったか」
と思った。言われてみれば確かに取り合う価値もないほどのことだった。
違う視点を持つ人と話すのっていいな。
口に出して言ったことがない言葉のことを語る
お義母さまのおっしゃることはもっともです。
『やればできる』って本当ですか?のことを語る
香山リカに「やらなくてもできるのか」って聞きたい。
くたびれ はてこのことを語る
ポプラ社ひどいな。真央ちゃんは本で食べて行かなきゃならないわけじゃないけど、生活かかってたら泣き寝入りする人もいるんだろうな。
ぼんやりのことを語る
( ´-`)。o 0(…東西おっさんハイカーハイパーいちゃいちゃタイム…)
一生に一度くらい言ってみたい言葉のことを語る
話は全て聞かせてもらったわ。
Usersの欄に浮かび上がった文章のことを語る
くたびれ はてこのことを語る
同性愛者に対して襲われるとか興味ないとかお呼びでなくともことさらアピールする男性が多いのは、男性は性愛の対象を追いかけて襲うのが当然だという刷り込みがあるからだろうか。
女性は同性愛者の女性から襲われるとは思わない気がする。
家族との会話を晒すのことを語る
は「babiさんはてなのメルマガに載ったんだよ!」
も「そりゃ載るだろう。社長も注目してるんだ」
は「新婚旅行に京都へ行ったらはてなの前で写真撮っちゃうだろうね」
も「中入れてもらえるって。連絡しといた方がいいって」
くたびれ はてこのことを語る
実際の育ちと関係なく「品よく育ちがよさそうな雰囲気」というのはトップアイドルになる子に共通した点だと思う。
ちょっと高嶺の花風の「こんなに育ちの良さそうな子が微笑みかけてくれる」というのがいいのであって、誰にでもやさしそうな門限もなく放し飼いでほいほい着いて来ちゃうだろうな、という雰囲気だと、ナンパされやすいかもしれないけど、アイドルだとちょっと違う。
数年前の前田は素朴な中学生みたいで、それから悪い大人に騙されて自分が何をしているのかわかってない気の毒な高校生みたいだったのに、なんだか急に余裕の微笑みを浮かべるお嬢さんになっていてびっくりした。
くたびれ はてこのことを語る
周りに合わせられない、わいわいやるPVだと孤立してきょろきょろしてる、言うことを聞かない、嫌なものは嫌でどうしても受け付けない。
これが前田の魅力の源だと思っているので、その辺叩くやつらを見るとまったくわかってないなと思う。
愛想のいい後藤久美子は後藤久美子じゃなくなっちゃうんだよ。
くたびれ はてこのことを語る
それにしてもチャン・グンソクってちょっと抜けたところのある気のいい男の子以上でも以下でもないように見えるんだけど、なぜエステの広告に出たのか。
それともわたしが目にすることのないドラマなり映画なりで見ると試合中のスポーツ選手みたいにぱああっと輝く人なのか。
くたびれ はてこのことを語る
そんなことを考えながらこないだ電車に乗っていたら、男性の顔色伺う女子のサンプルみたいなAKB48の看板であるところの前田敦子が、とつぜん聖子・ミノーグ側のスター力を発揮している広告があって驚いた。TBCの広告。
気遣い力の大島優子がそっと相手を伺うような、すがるような目線でいるのと対照的に前田は魅惑的な、あくまで決定権は前田にあるという峰不二子みたいな微笑を浮かべていた。
あれがフォトショ職人の創造力でないとすれば一人の芸能人としてのあっちゃんの未来は輝かしいと思う。それがAKBの、またAKBファンの方針と一致するかどうかはともかく。
くたびれ はてこのことを語る
オネエとマッチョな身体やファッションが共存するのはファッションとしての男性性をかっこいい!と思ったからだと思う。
社会的に自分が属す立場の記号としてのファッションや立ち居振る舞いではなくて。
自分にとって自然な立ち居振る舞いが社会的に求められる像と合致せず、自分の好みの、自分に似合った服を選んだ結果。
男装が似合う身体と女装が似合う身体があって、男性的、女性的な精神があって、居心地のいい話し方や身振りがあって、それが色んな具合に噛み合っているの。
文化によってはそれを一本化させることが強く求められて、場合によっては命に関わる。
そう考えるとファッションの自由って大きな事だ。
くたびれ はてこのことを語る
ゲイに人気のある、松田聖子、マドンナ、カイリー・ミノーグなんかは、女性として生まれ、かつ女性性を磨いて輝かせていて、そこがかっこいい。
女らしい男らしいというのはこういう文脈にあるときとても魅力的だ。
中性的な魅力と呼ばれるものは、男性が女性性を、女性が男性性を、引き立て合っている状態を言うんじゃないかな。甘いものに塩みたいに。
どっちつかずということじゃなくて。
くたびれ はてこのことを語る
そりゃゲイは性的な嗜好が違うってだけで同性を自分より上だと思わないよな。
どんなに夢中になった相手でも「やっぱり男の人は違うわよ」とか「女は男を立てて」とか性別的絶対感を内面化しないだろう。
逆に「男はダメだから女が育てて躾けて」とも思わないだろうし。人と人。
その中で自分の女性性、男性性を魅力的にしていく。
男性性、女性性というのは両性とも持っていて、それを伸ばすということは必ずしも性別を固定化させることと結びついていないと思う。
くたびれ はてこのことを語る
ゲイに人気のある女性アーティストって、
「男に認められてなんぼ」「男性に受け入れられなかったら人生終わり」
っていう悲壮感がなくていいよね。松田聖子、マドンナ、カイリー・ミノーグ。
同レベルでやり合うどころかいい男をぐるっとはべらせて輝いてくみたいな。

