昨日、『戦国三好氏と篠原長房』を少し読み返していてちょっと気になったことが。
永正18年9月13日に篠原左京進之良、湯浅弾正国氏と共に瓦林日向守国時が連署してる書状が紹介されてます。(秋山家文書)
明らかに澄元方の瓦林出雲守や瓦林新五郎という人物もいたし、永正18年は瓦林正頼が高国に内通を疑われて自害させられた翌年なので、瓦林日向守が澄元方に走ったのかと思いましたが…。
同じ秋山家文書として、ここにも多分同時期の「細川高国在京奉行人連署奉書」として瓦林日向守と湯浅弾正?の名前が出てます。
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/262722/3
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京都、白峯神宮

崇徳上皇の慰霊のために明治時代に建てられた神社ですが、蹴鞠の技を伝承したことで有名な飛鳥井家の邸宅跡であった経緯で、飛鳥井家の守護神「精大明神」が祀られており、今では白峯神宮自体が球技の神様として信仰されています。
ちなみに、織田信長がその蹴鞠の技に驚いたという今川氏真の師匠は飛鳥井雅綱と伝えられていますが、信長の父信秀も勝幡城に雅綱を招いて蹴鞠の指導を受けた記録があります。


春季例大祭と七夕祭には奉納蹴鞠が行われるそうで、境内には鞠庭がありました。
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http://h.hatena.ne.jp/k-holy/316614125990634291
応援上映とか言って、実はどういうものかよく知らなかったので検索してみたら、観客にセリフを言わせるようなのもあるそうで…
なんだ、無声映画にぴったりじゃないのよ?
面白いセリフを言えた人が勝ち、みたいな。(…応援?)
辺りには醤油の匂いがぷんぷんと漂っておりました。


そして、ここにも鍾馗さん。

このゆるい感じにやられた

弁慶と牛若丸、今の五条大橋に石像が立てられちゃってますが、当時の五条通は今の松原通に繋がる道なので、場所としては今の松原橋ってことになるそうです。そんなわけで弁慶牛若アピール?

ダイブしそうではらはらする鍾馗さん

針金で軽くくくりつけてるだけに見えるけど…

今回のナイス鍾馗さん。大仰な構えが良いです。
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久しぶりに錦小路、とうふ藤野に寄ったんですが


かみさんが黒蜜きなこは「むせる」っていうんで、恐る恐る、いちご豆腐サンデーを食べてみたら、案外豆腐感あって美味しかったです。
しかし錦小路もすっかり外国人観光客だらけで、お店の方でもそれぞれ食べ歩き商品並べて適応したり、してなかったりして面白かった。大阪の黒門市場なんかも同様でしたが。
(でも食べながらお店に入ってくるのは勘弁して!!)
堀川松原あたり、本圀寺旧跡にある妙恵会墓地。松永久秀の邸宅跡でお墓もあるそうなので行ってみました。



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