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「モンブラン」と「モンブラン」って語感似てるよね?のことを語る

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ホリィ(新人)のことを語る

予想外の返答でした。どういう経緯で近代デジタルライブラリーでコンテンツが公開されているのかよく分かっていなかった。
文字起こしの場合は国立国会図書館ウェブサイトが規定しているコンテンツ転載には当たらないため、申し込みは不要。
ただし、公開範囲が「インターネット公開(裁定)」となっている物は、「現在の著作権者またはその連絡先が不明なため、著作権者の許諾を得る代わりに、文化庁の裁定を受けて国立国会図書館ホームページに使用」しているとのことで…
要するに、近代デジタルライブラリーとは関係なく、掲載されているものを利用したければ自分で著作…[全文を見る]

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おはようのことを語る

おはようおはよう

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おやすみのことを語る


おやすみおやすみ

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ホリィ(新人)のことを語る
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ホリィ(新人)のことを語る

真田丸
今回は兄さんの頑張りや大叔父さまのハッスルぶりも良かったけど、上杉景勝が器の大きさを見せつけてくれたのが良かった。何だかんだで景勝は信繁の意気を好ましく感じていたんだろうな。
そんな景勝と兼続との関係もまたいいですね。
室賀殿は来週退場かな…まあ『全国国衆ガイド』によると、そこは実際その通りの流れだったりします。
室賀氏はもともと信濃村上氏庶流の屋代氏との結びつきが深く、村上義清が武田晴信に敗れた際に室賀信俊は屋代正国と共に武田に従属する道を選び、没落した村上氏は長尾景虎を頼ったという流れのようです。
出浦昌相も同様ですが、村上氏庶流でも義清に付いて行かず武田に従属した家が結構あったみたいですね。

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ホリィ(新人)のことを語る

http://h.hatena.ne.jp/k-holy/299862583256880717
そういや近頃「あべまさはる」さんも許さない許さないってビラ貼られてて、まさはるさん、一体何しはったんやろって…(怒られそうなのでIDで笑)

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意味不明な事を言うスレのことを語る

あれほど多くの店から出入り禁止されるなんて、イチゲンさんってよっぽど悪い事したんですね…

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ホリィ(新人)のことを語る

真田丸
室賀殿の「黙れ小童!」が大人気らしいですが、あのシーンのたびにこの歌のサビが頭をよぎってる人がどれ程いるのかは分かりません。僕だけです?

参考

/photo/1

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おはようのことを語る

     \おはようおはよう/

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ホリィ(新人)のことを語る

これの件、テキスト化は完了してたんですが、近代デジタルライブラリーのデータでは公開範囲が「インターネット公開(裁定)」になっていたため、単純に出処を明示すればいいわけではないようで、長らく放置してました。
でもせっかく手間かけたんでもったいないと思い直し、国立国会図書館ウェブサイトに近代デジタルライブラリー内のコンテンツ転載について問い合わせフォームを送信してきました。
大正2年の出版物なんで著作権の保護期間は切れてるはずだし、商売するわけでもないので多分使わせてくれるとは思うのですが…。
ちなみに奥付によれば、著者の伊藤玖造さんは北海道後志國歌棄郡歌棄村の方らしいです。今は寿都町っていうらしい。

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はてなハイクをつまらなくしていると思う者は名乗り出なさいのことを語る
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気配り目配りのことを語る

ごうつくばり

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おはようのことを語る

     \おはようおはよう/

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気をつけたい日常の3パターンのことを語る

・職場で集金のある日に財布を忘れる
・携帯電話の充電を忘れる
・カミサンの髪型の変化を見過ごす

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おはようのことを語る

おはようおはよう

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おやすみのことを語る

はい、1パターン

2パターン

3パターン

おやすみおやすみ

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日本は2つの国からできていますかのことを語る

六十六ヶ国のうち西国十一ヶ国の守護職を占めた山名氏は「六分一殿」と呼ばれたそうですよ。(しゅごが大きい話)

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おはようのことを語る

     \おはようおはよう/

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ホリィ(新人)のことを語る

以前から気になってた、官兵衛が小寺から黒田に復姓したという時期ですが、初見史料は天正8年7月24日付の秀吉から官兵衛へ姫路城の普請を申し付ける書状だそうです。、宛名が「黒官兵」になってます。
播磨国総社(射楯兵主神社)所蔵の宝物に、天正12年8月に父の職隆が「小寺宗圓」と署名している禁制が残っているので気になってたんですが、考えたら官兵衛の叔父さんもずっと「小寺休夢」で黒田を名乗った記録はないので、もうすでに隠居の身だった職隆も同様だったんじゃないかと思います。
ああ、そういえば増位山随願寺の地蔵院跡地で見つかったらしい休夢さんの供養塔、まだ拝みに行ってなかった…試験終わったら行きたいなぁ。

「姫路市幹部職員ブログ」に写真がありました。「開山堂の南の山の南斜面の辺り、池田輝政供養塔の更に南」とのこと。
http://hleader.exblog.jp/23392134/