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ホリィ(新人)のことを語る

で、街道沿いに進むと砂地区があります。想像していたよりも近かったです。
砂は永禄6年に父とともにいち早く洗礼を受けた結城アンタン左衛門尉が邸宅を構えていた場所で、翌年にはこの地に教会が建てられたと伝えられます。

この地図の10のところで二股に分かれて11が東町、12が西町。確認し忘れてましたが、東西間の点線で書かれている部分は水路になってるそうです。


道標はもう字がうっすらになってますが「右 河内街道」かな?(どちらも河内街道です)
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ホリィ(新人)のことを語る


先程の外側の土塁跡らしきところを奥からるとこんな感じ。石が散乱してるのもよく分かりませんが、ここが境目っぽい。

旧砂村方面へと延びる街道

この道沿い左手の斜面の上が大正寺になります。地名として残っている「見性寺」は室町時代の廃寺だそうで、大正寺に残る市内最古とされる聖観音像はここから伝わったと言われているようです。
例の古図で見ると二ノ丸?北側の土塁になるんでしょうか。

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のことを語る

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一巡目読了。篠原長房死後の四国情勢はあまり把握できておらず、三好康長と十河存保の関係がよく分かってなかったんですが、康長が信長に重用されだした頃から敵対関係にあったということでやっと流れが掴めてきた感じ。
でも、織田と三好と毛利と長宗我部、それぞれ個別に関係の変化を追わないと難しい。
読んでる時は色々と感想もあったんですが、一旦忘れて今は『在京大名細川京兆家の政治史的研究』の方に集中しようと思います。

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もう2月ですか。フォトライフ無料ユーザーの制限がドーンと上がってから、月末にアワワなるたけアップロードしなきゃアワワってならなくなり、結果あまり容量を使わなくなってる気がしないでもない…

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真田丸
いやー、今回は草刈昌幸の魅力炸裂でしたわ。内野家康も良かったです。アナ雪への態度はちょっとどうかと思いましたが…。(多分あれはあれで次回への伏線なのかもしれませんが)
昌幸さん廊下でアナ雪に挨拶してたけど、あれが今生の別れになろうとは…という感じ。
矢沢頼綱も出てきましたね。なんかちょっと寂しそうな感じでしたが、真田一族の長老として終盤まで登場してくれるはずです。信繁からするとおじいちゃんの弟なので…大叔父に当たる人。
本能寺の変は今までの大河と比べるとびっくりするくらいアッサリした描写でしたが、真田らしさを見せるには、この展…[全文を見る]

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岡山城と側にある新池の場所が、古図当時と現在のイラスト地図で違うと思ったら、イラスト地図は上が真北じゃなかった。
古図の方は左側に「西」と書いているので、上が真北だと思います。GoogleMapsで見ても新池は真北にありますね。
古図には「大池」と書いてあるように見えますが、地図のスケール感からすると当時は今の新池より大きかったのかも?

回転すると、飯盛山との位置関係はこんな感じ。

旧砂村へと向かう途中、岡山の北西角あたりからの眺め。地図では遠そうに見えますが、目で見ると案外近く感じます。左手前の木は岡山の麓、右奥が飯盛山の北端です。今の…[全文を見る]

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リンクが見えない

これです

なんとなく面影を残しているような…?

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コネタ空耳ならぬ空目のことを語る

○ウィークエンドサンシャイン
×シャクシャイン

シャインしか合ってないし…

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おはようのことを語る

おはようおはよう

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神戸新聞NEXT|西播|佐用の山城 利神城跡の調査報告会、2月開催
http://www.kobe-np.co.jp/news/seiban/201601/0008759684.shtml
>>
14世紀前半に山城として築かれ、1600年ごろ本格的に整備された利神城跡(兵庫県佐用町平福)の調査が進んでいる。国の史跡指定に向けて昨年夏に町が設置した調査委員会による報告と、城の魅力を語り合うトークショーも交えた調査報告会が2月13日、同町佐用のさよう文化情報センターで開かれる。
…中略…
報告会では、県立考古博物館の山上雅弘学芸員が「慶長期“築城ブーム”と利神城」と題し、戦のための城作りや支城として…[全文を見る]

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ここ岡山は、河内キリシタンの拠点としても知られています。
永禄6年、飯盛山城を畿内の政庁としていた三好長慶は城下での布教を許可、これに反対する松永久秀は結城忠正、清原枝賢、高山飛騨守(右近の父)らを派遣して修道士ロレンソに宗論を挑ませますが、彼らは逆に感化されてしまい、結城忠正は息子のアンタン左衛門尉と共にいち早く洗礼を受けることになりました。
翌年には飯盛山城において三好麾下の河内の城主たちが洗礼を受けますが、忠正の甥にあたるジョルジ弥平次は特に熱心な信者となります。
天正年間、ジョルジ弥平次は甥にあたる岡山城主の結城ジョアンと…[全文を見る]

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[twitterで]
リイド社の「戦国武将列伝」でかわのいちろう先生が連載しているマンガ『バイラリン』がコンビニ向け単行本発売ですって。

『信長戦記』でいち早く(2009年から)「覇王」や「魔王」ではない今時の信長像、しかも将軍義昭vs阿波公方の要素を取り入れたりして、ひと味違った時代劇漫画を描く方として注目しています。
(いつも立ち読みばかりなので、今度こそ買おう…)

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金銭の授受っぽい言葉のことを語る

監軍の沮授

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おはようのことを語る

おはようおはよう

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ついに到着!

パラパラと目についた箇所を流し読んでるところですが、すでに義継が義栄から離反した永禄11年、三好長逸が斎藤利三を通じて稲葉良通に信長への取り成しを依頼していたとか、そもそも斎藤利三が元々松山重治の家臣で、三好氏と同盟関係にあった斎藤義龍に仕えていたこととか、興味深い話がありました。三人衆を主導する長逸と、阿波三好家を実質的に主導する篠原長房の間にもやはり思惑の相違があったということです。
あと、香西宗心が塩飽衆を率いて阿波三好方で参加した永禄11年の本太城合戦では、毛利方であった村上武吉が松永久秀と書状を交わしているほか、義昭も戦後に感状を発給していたそうで、義昭と信長は畿内では松永久秀や三好義継と連携を取りながら、阿波三好家への牽制に毛利氏へも働きかけて上洛作戦を進めていたとのこと。
永禄の変あたりもこれから読もうと思います。

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大正寺の中を抜けた先、丘の上に建つ忍陵(しのぶがおか)神社。


この神社も元は豪族津桙氏の氏神を祀っていたという津桙(つぼこ)神社、砂東村にあった馬守神社、砂西村にあった大将軍神社と、それぞれ別々の場所からこの地に移ってきたもので、総称して忍陵神社と呼ばれているようです。

この地は東高野街道を通じて京都へ、また清滝街道を通じて奈良へと繋がる交通の要衝であったためか、古くから「忍の岡」と歌に詠まれていたようです。
また、前方後円墳の忍岡古墳もあり、石積の竪穴式石室が豪華な副葬品とともに見つかっているそうです。
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     \おはようおはよう/

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造形美に定評のある梵鐘。大正寺は古代寺院の讃良寺を継承しているとか。

この行者堂も丘の上にあったものです。掲示されていた説明によると昔はここではなく人里離れた「赤山」と呼ばれる丘陵にあったそうですが、その土地に今は松下の社員寮が建っているとか。(パナソニック(株)しのぶが丘寮のことのようです)
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