そういえば先日の京都行きで、阪急電車から「教 行 寺」ババーンって感じの看板が見えましたが、あれは摂津富田庄の教行寺だったんでしょうか。
「一路一会」にも記事がありました。
富田は江戸時代に中期まで酒造で栄えていたそうで、今も古い町並みが残っているようです。
http://www.ichiro-ichie.com/05kinlki/osaka/tonda/tonda01.html
富田には細川晴元が幽閉され、足利義栄が将軍宣下を受けた普門寺もありますし、いずれ自転車で行きたいところです。
松尾大社、祭神は日吉大社などと同じ大山咋神ですが、こちらでは酒造の神様として信仰されています。
京都盆地を開発した秦氏、賀茂氏と縁の深い神社だそうです。
社殿の背後には松尾山があり、同じく秦氏が勧請した稲荷大社に対する稲荷山と同様に、以前からの磐座信仰を引き継いだものと思われます。



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お仕事系ブログ用に撮ったスクリーンショットだけど

これはないな…
結婚したいハイカーwww
ここでいう「結婚」というのは何かの隠語ですか?
(結婚→血痕→SATSUGAI みたいな)
ちなみに三好政長の子・政勝といわゆる三好政康(下野守、釣閑斎)が同一人物と見られていることは、天野先生の長慶本で知ったわけですが、この方は過去にその説を支持していたものの、やはり史料上から見える動きからは別人と見られていて、その考察も面白いです。
三好為三と三好下野守と摂津池田家の関係
http://ike-katsu.blogspot.jp/2013/07/blog-post.html
だらだらと2ヶ月くらいかけて英賀城と本徳寺のブログ記事の続きをまとめてますが、なかなか表に出せる状態にならないまま、三好長慶の死後から信長が実質的な天下人になるまでを追っているところで、また素晴らしいブログを見つけてしまいました。
戦国大名池田勝正研究所
http://ike-katsu.blogspot.jp/
摂津池田氏、特に池田筑後守勝正を紹介しているブログですが、ちょうど今僕が注目している永禄末から天正にかけての畿内の動きを深く研究されています。
摂津池田氏は池田勝正の先々代にあたる筑後守信正が三好政長の娘を正室としていた関係で、三好政権では松永氏、…[全文を見る]
さる寺の本堂の軒にかかってたやつ

本当は新福菜館じゃなくて、第一旭で食べたかったんです…でも雨の中行列ができてて…
うーんどうしよう、と思いつつ新福菜館のメニューを眺めてたら中から店員さんが声かけてきたのでつい…
新福菜館も嫌いではないんですが、思い出深いのは第一旭なんですよね。店舗は違いますがラーメンといえば第一旭という環境で育ったし。
またいつか、夜中にでも行くしかないかー
高台寺、建物内には現代美術の展示がされてて、このプロジェクションマッピングもどうやらその流れで企画されたもののようで。
なんだかサイケデリックな感じで、よく分からないけど落ち着かない音が断続的に鳴ったりして、普通の観光客はこれ見てどう感じるんだろうと思って、ちょっと可笑しかったです。
検索してみたら、以前から現代美術の展示に力を入れてるみたいですね。
僕の趣味とは違いますが、京都の人は外部の人が求める「京都っぽさ」に迎合しないで欲しいとは思ってるので、歓迎したいです。
雨の夜の錦天満宮。


牛がもうテカテカに…

この、からくりみくじが面白いです。写真はありませんが、獅子舞が動くやつもあります。
昔よくデパートの屋上とかに似たようなのがあったのを思い出しました。
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