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しいたけ好きですか?のことを語る

好きか嫌いかっていうと好きな方ですが、きのこランキング的にはそんなに高くない感じ…

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想像で語るザザムシのことを語る

主な生息地はグルジアで寝たら強いやつでしょ、知ってる知ってる

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ホリィ(新人)のことを語る

あと面白いのは、天正3年10月に宗景ら播磨の諸将が上洛して信長に謁見したことを、播磨平定の結果というよりも、彼らが宇喜多に対抗して信長に支援を依頼したものとしていることです。
確かに結果的には宗景の再興の願いが叶うことはなかったとはいえ、当時の信長の考えでは、永禄末頃から元亀年間に敵方として活躍した宗景の力を評価したからこそ、毛利と浦上の講和を調停した上で「備播作之朱印」を与えたわけで。(ちなみに宇喜多は永禄12年の青山合戦の頃にも一度離反したものの、この時はその年のうちに降参しています)

対する毛利は信長からの和解周旋の要請をあえ…[全文を見る]

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ホリィ(新人)のことを語る

[怒られる]
http://h.hatena.ne.jp/k-holy/81798510460762425
不謹慎かもしれませんが、「イスラム国」「トルコ風呂」「オランダ妻」みたいな連想をしてしまいました。

ところで「さまよえるオランダ人」はフライング・ダッチマンというイギリスの伝承に由来するそうで、「パイレーツ・オブ・カビリアン」にも同名の幽霊船が登場するとのこと。
だったら「さまよえるオランダ妻」は、

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      \鬼は外ー!!/

遅いし…

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節分
巻き寿司は1本千円近くする高級なのしか残ってなかったので、鰯フライを買って帰りました。
かみさんが海苔巻きにしてくれたので、なんだか分かりませんが黙って食べました。鰯おいしいです!!

↑これは記念すべきフォトライフの初投稿です
http://h.hatena.ne.jp/k-holy/9236556226557968663

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コネタ何かを受信のことを語る

さまよえるオランダ妻

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どうやったらはてなハイクの収益性が向上するのか、はてなハイカーで考えてみようのことを語る

商品の宣伝になりそうな投稿には、自動的にアフィリエイトリンクを挿入してやるのです

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この永禄11年の「信長上洛戦」とされている戦いですが、以前は三好氏のあまりの急な崩壊ぶりを疑問に感じてましたが、細川京兆家が分裂して京都を取り合い続けていた状況を学んでからは、捉え方が変わってきました。
この上洛も言わば大内義興を引き入れた細川高国が足利義稙を奉じたものと変わらない、というか勢力的にはそれよりも小さく受け止められた出来事だったに違いないし(大内の場合は応仁の乱がありましたが、信長はそこまで脅威とは見られなかったはず)、三好氏がろくに戦わず退いたのは負け惜しみではなく、明らかに「戦略的撤退」というものでしょう。
元々…[全文を見る]

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夜おやすみのことを語る


オヤスミオヤスミ…

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高松琴平電鉄、高松築港駅

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上等だこのやろう

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鹿背山城講演・見学会
http://kizu1978.info/ppblog/index.php?mode=pages&aim=seminar#7
今のところ日程の都合がつかなさそうなので参加は無理っぽいですが、一度行ってみたいと思っていた木津の鹿背山城、定期的にイベントやってたみたい。
8月には天野先生の「松永久秀の政治動向と南山城」と題した講演も…。



応仁・文明の乱の頃には興福寺が持っていた城で、『大乗院寺社雑事記』文明11年10月3日条に成身院順宣が入城しているのが初見とのこと。
松永久秀の大和入部に伴って久秀の勢力下に置かれ、『多聞院日記』には永禄11年に多聞院輩下の者が三好釣閑斎に攻め…[全文を見る]

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結論の妥当性はまだ僕には判断できませんが、将軍義昭との決裂後も各地に軍を派遣しているのはどういう事なのかというと、諸大名との共存を前提としつつ天下人として大名間の紛争解決を図った結果で、いずれも信長から仕掛けたものではないとしています。要はこれまで将軍が果たしてきた役割を引き継いだというのです。

たとえば毛利氏との関係の変化については、そもそも信長が播磨方面に進出したのは大友を中心とした包囲網に手を焼いた毛利氏の要請を受けたことによるものでしたが、すでに義昭との関係が悪化していた元亀3年10月に毛利、浦上、宇喜多の三者が幕府の調停…[全文を見る]

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おやすみおやすみ
※画像はイメージ

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余談ですがこの本のちょっと面白いところ、副題が「戦国おもしろ百話」なのですが、内容は「其の六十一」で終わってるんです。
その最後がこの話、「踊る阿呆に見る阿呆」なのでした。

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せんさんの日記を読んで、阿波踊りの起源について、タイムリーな話題だったけどくどい感じになりそうのでこちらで…

この『怨みまするぞ信長殿』に書かれていたネタですが、天正6年に勝瑞城に入った三好存保が盂蘭盆会に京都から能楽座を迎えて、若い衆に仮装させ集団で踊らせる風流踊りを催したとのことで、阿波における盆踊りの起源としては、江戸より遡ることは確実と言えそうです。
文化行事として定着したのは蜂須賀氏の時代と言っても良いでしょうけど。

あと、博多どんたくなども同様ですが、室町時代に流行した「風流踊り」自体は、赤松則祐の元で養育された幼少の足利義満を慰めるために行ったという「松囃子」が起源とされています。(こちらは正月に行われていた行事ですが)
なので、正確な時期は分かりませんが、阿波に風流踊りを伝えたのは細川氏ということになるかもしれません。

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たぬたぬとたぬき関連を挙げるのことを語る

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