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服がないのことを語る

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海のことを語る

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古代史妄想のことを語る

邪馬台国あるいはヤマトというのも語義未詳というけど、これはヤマタ、つまり八方に道が分かれるその中心ということだそすると、諸国連合の首都にふさわしい。だとすると、この概念は孫子の言う衢地に相当する。孫子曰く、諸侯の地が四属し、先んじて到れば天下の衆を得られるものを衢地とすると。

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古代史妄想のことを語る

大野晋さんだけじゃないですか、そんなこと言ってるのは。

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古代史妄想のことを語る

漢字なんかももっと後に来たように伝えられているけど、上限は弥生時代の始めまでさかのぼれるのではないか。それは証拠がないとしょうがないけど、魏志倭人伝には魏の使いが倭国に来て檄をつくって諭したとある。檄というのは本来おふれなんかを伝えるために木の札に書きつけたものだから、その頃には倭国人の中に漢文読めるのがいたことになる。

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古代史妄想のことを語る

そして長江下流域といえば春秋の呉越の地で、孫子や范蠡という傑出した兵家の活躍した国柄だから、弥生文化の素と一緒に兵法論も持ち込まれたのではないか。だとすると、弥生時代の遺物には戦争の痕跡がかなり見られるというから、兵法論が継承されていく条件もある。そう考えるとわかることがあるような気がする。

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古代史妄想のことを語る

弥生文化をもたらした人達は長江地域から来たという。来た人数はそんなに多くはなかったらしいけど、社会や文化に対して大きな変化を与えた。彼らは水稲や稲作文化だけではなく、政治手法、賦税制度なども持ってきたと考えないと、この変化の説明には不足しそうだ。政治が一緒に来たとすれば、倭人が自らを太伯の後裔だと称したという史書の記述とも符合する。

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地図のことを語る

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【海野十三敗戦日記】8月26日分ここまで。

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好きとか嫌いとか最初に言い出したのは誰なのかしらのことを語る

もっと古く、「能く衆を惑わす」といわれたのは卑弥呼。好きとか嫌いとか最初に言い出したのも日本ではその弥生時代かもしれない。政治のやり方というのが水稲や金属器と一緒に持ち込まれたのだとすると。

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好きとか嫌いとか最初に言い出したのは誰なのかしらのことを語る

古代の政治家。政治家は昔から毀誉褒貶が激しいようだから。