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ホリィ(新人)のことを語る

アクセス数は100越えることはなくなって平常運転。
Twitterもまあフォロワー少ないので効果少ないけども、見て来る人が1人以上はいることが分かって嬉しい。

ハイク経由の人とは被ってないだろうから、新しく見てくれたのは間違いないし。
記事は自分が調べたことのまとめがメインでも一応「史跡巡り」の体裁にこだわってたけど、文章のみの記事でも本数増やした方がブログとしてはいいのかな。でもハイクとは差別化したいし、そこは変えるべきではないとも思う。一番は自分のためのまとめ。欲張ってはいけない。

こっちはGoogleのSearchConsoleから。武田信虎の検索効果がすごいしクリック率の低さもすごい(笑)やっぱゲームか何かの情報を求めて来てるんでしょうね。

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遺構っぽく見えなくもない空堀とかあるんですが、周辺には新しい石積みなどが見えるのでおそらく戦時中に手を入れられているでしょうね。



この二重になった空堀はなかなか印象的ではあるんですが…。
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こっちは西宮方面

越水城まではちょっと見えないかな…

山頂付近。遺構?と思いきや、Wikipedia情報によると「戦時中に高射砲の観測塔の塹壕が掘られ、曲輪が不明になってしまった」とのこと。

山頂にはNHK神戸とおっサンTVの山芦屋テレビ中継局が立っています。
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途中に掛かってた橋。

少しだけオレンジ色のが写ってますが、この周辺、きのこ天国みたいになってました。

ぼけてるのできのこに出さなかったやつ。

木が多くてそれほど見晴らしは良くないですが、途中に一か所だけ視界が開けるところがあります。
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(鷹尾城、瓦林正頼で検索したら、参考になりそうな過去の投稿が出てきたので繋げておきます。笑)

鷹尾城跡のある城山。山頂から荒地山、東お多福山を経て有馬に至る六甲山の登山コースにもなってます。


「永正8年細川高国、澄元の両軍勢による鷹尾城と芦屋河原の合戦は阪神地方の代表的な古戦場として知られている」残念だけどそんなに知られてはいないと思う…。

登城口の前にある堅固そうな出郭(違)
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「国衆」の定義にピンとこなかった理由が丸島和洋氏の紹介記事で分かりました。
http://members3.jcom.home.ne.jp/kazu_maru/

冒頭では学術的に定義された用語のような書き方してたけど、実際には研究者間でも用語の統一が取れてなくて、執筆者間でも線引きに差異があるみたいです。
>>
国衆に近い権力でも戦国大名と扱って立項していない場合があります。その場合は、各地域の総論で触れることにしています。私の担当する「甲信」でいうと、村上氏がそれに該当します。逆に肥前では、国衆の数が多くなることに眼をつぶってもらって、国衆から戦国大名化した龍造寺氏…[全文を見る]

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どうも冒頭から「国人ではなく国衆だ!国衆の研究は我々東日本の研究者がリードしてきた!」みたいなノリで、担当者も東に偏ってるせいか西国は専門外の方が書いてる感じでその辺が…ウーン…。あくまで興味を持つ取っ掛かりという趣旨なんでしょうけど。

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日本中世史論文bot がいい仕事しすぎてPDFが積ん読状態になってきました…。
じっくり読みたいのはこの辺り

松島周一「堀越公方と室町幕府―奉行人布施為基の軌跡―」
http://repository.aichi-edu.ac.jp/dspace/bitstream/10424/2977/1/nihonbunka182137.pdf

森茂暁「赤松満政小考_足利義教政権の一特質」
http://www.adm.fukuoka-u.ac.jp/fu844/home2/Ronso/Jinbun/L42-3/L4203_0943.pdf

あと検索で見つけたこれ

戦国期畿内研究の再構成と「細川両家記」
http://www.lit.osaka-cu.ac.jp/UCRC/wp-content/uploads/2010/03/p159.pdf

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大石泰史編『全国国衆ガイド』戦国の”地元の殿様”たち

再版されそうな気もするけどとりあえず店頭から無くなる前に買えてよかった。
浜口誠至氏が畿内地域担当。近江は島田哲氏、大和宇陀郡のみ小川雄氏。(この人は色々なところでピンポイントで書いてる)
摂津は瓦林、芥川、茨木、三宅、鳥養、池田、吹田、能勢、伊丹、有馬、塩川。
播磨は上月、別所、小寺、依藤、宇野、龍野赤松。少なくね?

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「古市播磨」という人物も気になります。古市播磨というと村田珠光の弟子とされる古市澄胤が有名ですが、その後裔でしょうか。
Wikipediaには義昭の子・義尋の室が古市胤子でその父は「播磨守古市胤栄とされるが、胤栄は1505年に死んでいるため、年代が全く合わない」とあるけど、年代的にはこちらの古市播磨のような…。
それにしても何故古市氏出身の娘がそこまでの扱いを受けてるのかもよく分かりません。松永久秀との関係は影響したのかどうか。

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【知らんがな】僕は紙の本一択です。画面を指でツイッとさするような端末なんて一つも持ってないので!!!

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「戦国遺文 三好氏編 2巻」を読んで、追記した妄想が大体ただの妄想だったことを確認できた感じ(笑)
5月26日梅仙軒霊超が河野左京大夫に宛てた永禄の変を報告する書状には「去年冬志野原堺津へ罷上、阿州公方御入洛調段」とありました。まじか。
あと、8月5日義俊が上杉弾正少弼に宛てた書状には「一乗院殿南都御座所儀、居御番候而、松永堅雖申付候、朝倉左衛門督令直談、種々廻調略、去月廿八日、至甲賀和田城被引退候」とあり。丹波で荻野直正が内藤宗勝を討ち取ったことにも触れていました。「一国平均ニ成申候」と。
ざっと読んで感じたのは、松永久秀が失脚するまで…[全文を見る]

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昨日は思い付きで鷹尾城跡に登って、その後尼崎の中央図書館に行ったんですが、調査室の蔵書がすこぶる良くてびっくりしました。群書類従、続群書類従、史籍集覧、戦国遺文まで揃えてた。あと何とかコレクションと銘打たれた棚に(寄贈書?)地方の自治体史が結構ありました。
もしかしたら都会じゃ普通かもしれないけど、神戸や芦屋はそんなに揃ってない…
戦国遺文の三好氏編第2巻をパラパラと見ていくつか書き写すだけで、閉館時刻となりました。
チャリで1時間かけて行く価値はあると思いました。でもパソコン持ち込み禁止はきつい。コピー代くらい払って行けってことかな。

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【知らんがな】アバターっていうとUltima IVを思い出す世代です

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楽天か何かの広告でいつも竹下のミルクックが表示されて、うぉーミルクックー!!!ってなるのでやめてほしい。もしくはうちの近所でも売ってほしい。

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日本中世史論文bot @rkscinii がいい仕事してくれている。リアルで三好氏研究されてるっぽい方もいて勉強になります。
絡まないので当然だけども、フォローばかり増えてフォロワー全然増えない。ツイートしてもひとり。
あとRT経由で知ったこのイベント

高橋氏660年記念事業
http://www.all-iwami.com/modules/news/index.php?page=article&storyid=1025
>>
高橋氏は備中の国松山城から阿須那に来たと考えられています。
そして、石見・安芸にまたがって勢力を拡張していきました。
高橋氏ゆかりの地である阿須那で学び、楽しみ』1日を過ごしてみませんか。
【開催日】平成27年10月3日(日)
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岸田裕之先生の講演「大宅姓高橋氏の時代から毛利氏へ」に藤掛城跡登山、締めは創作神楽「藤掛城」初披露!
とても行きたいけど車ないと無理だろうな…

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永井傳八郎(永井直勝)と池田輝政の逸話は有名みたいですね。Wikipediaにも載ってました。
>>
文禄3年(1594年)、池田恒興の次男池田輝政が家康の次女の督姫を娶った際、輝政の求めに応じて、長久手の戦いで恒興を討ち取った際の事を語った。このとき、輝政が直勝の知行を聞くと5,000石であった。輝政は父を討ち取った功績の価値が5,000石しかないのかと嘆息したという。
<<
「池田輝政之武士道」では小牧合戦の頃は二百石、今は千石とより極端な話になってます。でも確かに五千石って嘆くほど安くないし。

元ネタは『甲子夜話』のようです?
甲子夜話卷之一 45 池田三左衞門、永井傳八郎へ始て對面の事
http://onibi.cocolog-nifty.com/alain_leroy_/2015/08/post-02c6.html

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近代デジタルライブラリーで「池田輝政」を検索してみて、面白い本を見つけました。

伊藤玖造『伊藤講演集』大正2年より「池田輝政之武士道」
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/921236/18
>花を咲かすの春雨は又花散らす雨となる昨日の味方今日は仇、時は天正十二年四月九日小牧の山の春霞…

家康との和睦のため輝政に家康の娘との婚儀を勧める秀吉、江戸に下った輝政は徳川四天王に対してそれぞれ武功を褒め称えつつ、父の仇の永井傳八郎に会わせろと詰め寄る、困った四天王から相談を受けた家康は娘の命をも覚悟するが、傳八郎と面会した輝政は意外な対応を…と…[全文を見る]

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この『鳴呼古英雄』、時代の空気なのでしょうか、とにかく言葉遣いが大仰でカッコイイです。
「織田信長」より
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/777379/69
>彼れは狼豺のごとき武将なりき。彼れが生涯は猛虎の寒月に囁くが如きものありき。一度吠ゆれば、眼中一物なし、草木また慄きたりき。
>蓋し彼れが過を改めむと云ふもの、唯た一時の悔悟に過ぎざりき。後年二十四ヶ国に将がるや、父が仏前に抹香を投ぜし不敵の精神は、再び焔の如くに燃え揚がりて、彼れは是れが為め、天下のことを誤りしなり。光秀彼れを殺せしにあらず。彼れ彼れを殺せしなり。
>彼…[全文を見る]