常設展示品の中には、いくつか細川・三好関連の文書もありました。
由佐家文書から、応仁元年七月廿日付、由佐次郎右衛門尉宛て細川勝元感状(室町合戦)
秋山家文書から、年次不詳七月廿四日付、秋山源太郎宛て細川澄元感状(櫛無山の合戦)
由佐家文書から、八月十九日付、油座平右衛門尉宛て三好義堅書状
澄元期の「櫛無山の合戦」に関してはWebで検索しても全く情報がないのですが、宇多津の聖通寺城を本拠地とする奈良氏の出城として、櫛無山城(櫛梨城)という城があり、後の「讃岐本吉合戦」の舞台とも言われているようです。
http://tororoduki.blog92.fc2.com/blog-entry-113.html
http://tororoduki.blog92.fc2.com/blog-entry-114.html
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津野倫明氏の『人をあるく 長宗我部元親と四国』にもあった通り、讃岐の虎丸城は阿波の土佐泊城とともに秀吉の来援まで持ち堪えたという説が出ています。(今ちょうど漫画「センゴク」でやってる辺り)
http://h.hatena.ne.jp/k-holy/316616235317113901
心情的にはそれを支持したいところですが、今回の展示解説によれば、虎丸城では北側のみに畝状竪堀群が構築された形跡があって、海側からの敵のみが想定されていると見られるそうです。
(虎丸城の非落城説の存在自体を認識されていないのかもしれませんが、すでに長宗我部氏によって制圧された後の遺構という前提で話…[全文を見る]
お客さんは15人くらいだったでしょうか、しかし展示解説は気合いで1時間半くらい話されていたように思います。最初は皆起立して聞いてましたが、お年寄りは疲れて椅子に座ってました。
展示のメインは長宗我部氏の讃岐侵攻ということで、香川氏の天霧城、香西氏の勝賀城、仙石秀久や生駒親正が改築したという引田城、それに阿波三好氏を率いる十河存保が最後に篭った虎丸城などの遺構を元に書かれた縄張り図を元に解説されました。
讃岐では各地に長宗我部軍の蛮行が伝えられていて、地元にとっては屈辱的な歴史とされてますが、讃岐では沖積平野が広い上に傾斜が鋭く尾根…[全文を見る]
土曜は香川県立ミュージアムに行ってました。


目当てはこれです。常設展『守る・攻める 城と館』
この企画自体は常設展なのでそれほど大規模ではないのですが、ちょうど展示解説があったのと別の用事で高松へ行く機会があったので。
よく分からない施設名ですが元は香川県歴史博物館で、香川県文化会館の美術部門を統合してリニューアルされたという経緯のようで、香川県の総合歴史展示あり、弘法大師専門の展示あり、図書コーナーもありと結構充実していたので行ってみた次第です。
高速のSAで「せとうち美術館ネットワーク」の割引券もゲットして入館料410円が80円引きになりました。もうちょっと足せばかけうどんにおあげが乗せられます!(笑)
あ、「坂の上の雲」も入れていいなら、秋山好古(阿部寛)も3位に…いや、2位に入れてもいいかもしれません。
あっ、3位にあと織田信長(役所広司)と上杉謙信(柴田恭兵)を入れ忘れてた!!
子供の頃に見てカッコイイってしびれたり感動した記憶って美化されるんでしょうか、「新選組!」「風林火山」「平清盛」どれも最後まで楽しんで見てたはずですが、いざ誰か?となると名前を挙げられないもので…。
あと、「翔ぶが如く」の配役を確認してて、江藤新平役を演じていたのが「軍師官兵衛」でカッコイイ休夢おじさんを演じられた隆大介さんだったと知りました。
「翔ぶが如く」も結構記憶に残ってるんですが、江藤新平は大山さんの次くらいにかっこ良かったです。
僕史上最高NHK大河ドラマの役柄はですね
1位 武田信虎(平幹二朗)
2位 本多作左衛門(長門裕之)
3位 真田幸隆(橋爪功)
3位 鬼庭左月(いかりや長介)
3位 大山格之助(蟹江敬三)
3位 高師直(柄本明)
なんか3位がいっぱいいるけど気にしない。
20代の頃は大河ドラマ見てなかったのが残念…見てたら間違いなく緒形拳の尼子経久、あと萬屋錦之介の山名宗全もランクインしたはず。
松平郷で恋愛成就を 豊田の若者が「壁ドン」イラスト
http://www.chunichi.co.jp/article/aichi/20150115/CK2015011502000050.html
>>
徳川家康の先祖にあたる室町時代の武士、松平親氏(ちかうじ)をPRしようと、ゆかりの地の豊田市松平地区の若者たちが、親氏の恋愛物語をポップなイラストにして売り出し始めた。地元には物語にまつわる名所もあるが、知名度はいまひとつ。イラストをアピール材料に「恋愛成就スポット」として誘客を目指している。
<<
この記事読んで「松平親氏」で検索して出てきた画像がこれで、思わず笑ってしまいました。

伝承では松平郷に流れ着いた時宗僧の「徳阿弥」が婿養子に入ったことになってるので、こういう姿で作られたみたいですね。
拝殿はこんな感じです。

正面はぱっと見普通の神社ですが、よく見ると…

市松さんがいるわいるわ…

床下にはこういうのがずらりと。龍やら虎やら動物の置物が種類ごとに綺麗に分けて並んでいました。
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淡嶋神社

右の「加太観光センター」は早めの閉店かオフシーズンか、閉まってました。

/淡嶋神社へようこそ\/ようこそ\

この尋常ではない雰囲気にあてられて、かなり興奮してきました…ここは人形がよく話題になりますが、いやいや他にもこんなに。
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http://h.hatena.ne.jp/k-holy/228182824398825856
家の食べ物の話になると必ず「きなこのご飯」をネタにしてしまうのですが、学校で同級生に「なにそれ?」みたいな反応されたのが相当ショックだったようです。
Yahoo知恵袋を見たところ地方に関わらず例があるようですが、なんか一時期ブームでもあったんでしょうか。
面白そうなのやってるなー
埼玉県立嵐山史跡の博物館 企画展「道灌の時代~戦国時代は関東から始まった~」
http://www.ranzan-shiseki.spec.ed.jp/?page_id=220
明日は黒田基樹氏の講演もあるようです。
しかし、室町時代の幕府守護体制の変遷を知るほどに「戦国時代」の定義が分からない、意味のあるものとは思えなくなってきましたが、今教科書的にその始まりと終わりをどう教えてるんでしょうね。
黒田基樹氏は東国における「戦国大名」論の代表的な方と見えますし、この方の本を読んでみないとなぁ。(と思いつつ西国への興味が勝るので手付かずですが…)
読みやすそうなのは洋泉社のこれかな。
戦国関東の覇権戦争
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そして加太線で淡嶋神社へ。
加太といえば今は砲台跡の残る友ヶ島が人気で、コスプレ趣味の方が撮影に来られたりもしてるそうですが(こないだTVでやってた)、時間がないのでスルーです。


加太港の町並みもなかなかいい感じでした。

キシモト商店
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南海和歌山市駅周辺は雑賀孫市で町おこし活動されているようです。

丸太からチェーンソーで作ったという、雑賀孫市像


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出水康生『怨みまするぞ信長殿』

普段から売ってるのかこの日限定なのか分かりませんが、大阪歴博の売店でパラパラと読んでみて面白そうだったので購入、著者は「三好長慶会」代表、徳島の方。
タイトルからして信長コンプレックスむき出しな感じですが、副題を「戦国おもしろ百話」として多少の独断を交えての三好氏関連エピソード集といった内容です。
阿波細川氏や三好氏については結構しっかりしてて、三好の時代から今に繋がるという視点で語られる阿波、祖谷山の話も面白いです。
ただ、信長や一向宗については2014年に出された物としては、ちょっと首をかしげる(…[全文を見る]
そういえば故郷の奈良線には山城青谷駅と山城多賀駅がありましたわ。(まあ、あの路線はついこないだまでディーゼルカーが走ってたから…)
ちなみに青谷はたぶん山陰線の青谷(あおや)駅かな、多賀は常陸多賀駅と伊豆多賀駅があるみたいです。
本家の近江にはないのかと思ったら、近江鉄道の多賀大社前駅が少し前まで多賀駅だったようですね。
http://h.hatena.ne.jp/yamagatama/81815793105258742
京阪神地域の人が「関西」って言う時、実は畿内だけを指しているケースが結構あるんじゃないかなと思いました。
Wikipediaの「関西」見ても結構あいまいな感じですね。
>関西地域振興財団では、福井県、三重県、鳥取県、徳島県を加えた2府8県を関西と定義し
そういえば「関西文化の日」に鳥取や福井が入ってて、なんで?って思ってたんですが、この辺が由来なのかも。
あと初めて聞いた内容では、撫養隠岐守後家の阿古女という女性が都で阿波出身の武士を相手に金融業を営んでいて、長慶に敵対すると融資を止めたという話が面白かったです。
当時は幕府が徳政令を出すに当たって「分一銭」といって、先に債務の一割を幕府に納めた方の権利が認められる(貸主が先なら債務継続、借主が先なら債務破棄)というけったいな制度があったんですが、阿古女さんは良い情報網を持っていたそうで巧くやったとか。撫養は藍の積出港として栄えていたので、それで稼いでいたんじゃないかとも。
そして、三好氏で女性を採り上げるならまともな史料に出てこず実在が疑わしい「小少将」などよりも、この人と松永久秀の奥さんの広橋保子(武家伝奏・広橋国光の妹)を推してくださいとのこと。
何のことかと思って今検索してみたら小少将が「戦国無双」に出てるんですね。天野先生は結構お若いし実はそっち方面も詳しいんでしょうか。(笑)
『当代記』や『北条五代記』を例に、江戸時代初期には三好長慶が畿内の統治者として評価されていたことは長慶本でも書かれてましたが、今回は信長の評価の変遷との対比が強調されてました。三好氏のことを知らない方にはこれがすこぶる有効なんでしょうね。
僕も谷口克広『信長と将軍義昭』を読んで一番疑問に感じた、義昭が京都を追放されただけで「室町幕府滅亡」とされている不思議についても触れられてました。
船岡山の建勲神社に代表されるような、明治政府が勤皇・軍事的カリスマの象徴として家康に代わって信長を積極的に評価したことが、そのまま現代の歴史教育に…[全文を見る]