中原神楽団「大蛇」
ここの大蛇は足名椎、手名椎のコミカルなシーンなどもあって面白かったです。(例のごとくセリフはあくまで想像です。すみません!)

7人目の姫が大蛇に食べられるシーンから始まりました。

須佐之男さま登場、軽やかな舞を見せてくれます。

「話は聞かせてもらったー」(バァーン)
最後の1人となった櫛稲田姫を連れ悲しみに暮れる手名椎・足名椎の前に姿を現す須佐之男さま。
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並べてみて、元の字が同じだと気付きました。
上が郡山城跡の、下がどこかのサービスエリアで見つけたの。複製ではなく一から書いたのも含めて、毛利氏の旧領には結構あるらしいです。
Wikipedia「百万一心」に書かれているこの拓本がオリジナルかな?
- - この石碑は、文化13年(1816年)に長州藩士だった武田泰信が姫の丸で発見[5]、拓本の要領で写しを取った後に、明治15年(1882年)に写し取った拓本を毛利元就を祀る豊栄神社(山口市)に奉納した。
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久々の夜の神戸大橋、ライトアップが新調してから初めて行きました。



冬の雨上がり後ということもあってか、綺麗でしたよ。寒かったけど…
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酒呑童子「やられるかボケー!」
こちらも再び変身しました。なんと二段変身です。

くるくる、くるくる…
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紙テープがバッと飛ぶのは流血を表してるんでしょうか?斬りつけるシーンで飛びます。

あと戦闘でくるくると回転するのは石見神楽と同じです。(備後神楽とか他の地方はどうなのかは分かりません)
衣装の早変わりもありましたが、動き速くてあまりいい写真は撮れませんでした。

手下の2人は割とあっさりやられてしまいますが、さすがに酒呑童子は強いです。
酒呑童子「小賢しい真似をー」
頼光&金時「やかましわ!死ね!!」
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あ、セリフは適当な想像です。すみません。

酒呑童子「山伏だったらしょうがない…なんだこの酒うまいじゃないの。ゴクゴク」

紅葉姫「皆さんもさあ、どうぞ」
ナントカ童子「おう、気が利くな」

酒呑童子「ういー、ヒック」
(背後では頼光たちが刀を抜いている)
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戸谷神楽団「大江山」
源頼光と四天王が酒天童子を退治する有名な話ですが、芸北では他にも「土蜘蛛(葛城山)」「羅生門(戻り橋)」といった頼光四天王の演目が多いようです。
なんでかっていうと、敗戦でGHQによって神楽禁止令が出された時期に、美土里町のある方が「農村舞楽団」と名を変えて能や歌舞伎を神楽化した演目を創作されたそうです。

冒頭でヒロインの紅葉姫が都でさらわれるところ。

頼光とあと1人が団体によって結構異なるみたいです。ここは坂田金時でした。

鬼側も団体によって子分が違うみたいで、ここは酒天童子の他に茨木童子と唐熊童子が登場しま…[全文を見る]
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北広島市で、こういうちょっと頭おかしいイベントやってたんですよ。


石見神楽が山越えて芸北に伝わって芸北神楽と呼ばれるようになって、それがまた日本海側で逆輸入する神楽団も出てるくらいだから、また違った魅力があるんだろうなとは思ってましたが…
動き速い&ステージまで遠いで、あまり綺麗に撮れた写真はないのですが、一部を貼ります。

小原神楽団「四剣」
別名「太刀舞」「八ツ花」とも言い、東西南北中央の五方を清める儀式舞だそうです。
こういうストーリーのない演目は初めて観ましたが、途中で笛が鳴らなくなっちゃってつらそうでした。
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11月は京都で撮った写真と、山陰山陽高速道路周遊の旅(神楽もあるよ!)の写真が溜まってて、何をハイクに投稿して何をブログ記事にするか決めかねているうちに、もう12月…写真の整理も追い付いてません。まあ、バラバラと上げた写真を投稿してはいるのですが。
応仁の乱は写真も撮ってきたしブログ記事を書こうと本借りてきたんですが、自分なりに咀嚼しようとするとそれだけで終わってしまいそうな感じ。
そうこうしているうちに次の旅行の予定が…うぬぬ

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上月から津山へ向かう姫新線の車窓から

津山では「欅」という洋食店?でオムライス食べました。この後岡山で乗り換えて海を渡って、打ち込みうどんも食べたので、ちょっと食べ過ぎですね。

ちなみに翌朝にも系列店で牛すじうどんと…
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話のついでに、上月で見かけたもの(上月城関連除く)

上月駅は特産物直売所と一体化してます。ローカル路線ではよくあることですね。

赤松圓心公廟所 是ヨリ三里川…とありますが、当時はまだ赤松氏にあまり興味なかったし時間も惜しかったんで、スルーしてしまいました。
検索してみたところ大庄屋・大谷家の墓地にそれらしい堂があるようです。

ねこ
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http://h.hatena.ne.jp/ogajud/81814705459298647
これ トントゥ みたいな感じで使ったら面白いんじゃね、とか不穏なことを考えてしまいました
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利神城跡の登山道にあった記念植樹

この卒業生の方たちが堂々とここに再訪されることもできないわけで…寂しい話です。

2010年当時の平福駅前。せんさんのブログ記事見たら顔出し看板がリニューアルされてて笑った。

これも新しく塗り替えられてましたね。
ちなみにこの時は18きっぷで行ったんですが、姫路から姫新線経由で佐用で智頭急行に乗り換えました。上郡から智頭急行だと結構連絡してるんですが、こちらのルートは連絡悪いんですよね。
神戸発で姫路→佐用→平福→佐用→上月→津山→岡山→坂出→丸亀(なぜか海を渡ってうどんを食いに…)
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利神城のことをブログに書きたいと思いつつ、「登山をご遠慮ください」とされているこの城の写真を載せることの是非が掲示板で討論されているのを見たりして、ずっと躊躇していたんですが、とうとう我慢できず…。
この機会に池田由之のあの伝説と、三木別所氏と佐用別所氏のことも調べられたので良かったです。
しかし本当に、再び大手を振って登れるようになるには、どうすればいいんでしょうか。
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はてなブログに投稿しました
播磨佐用郡の山城・利神城の歴史と伝説 - k-holyの史跡巡りメモ
http://amago.hatenablog.com/entry/2014/12/02/003536
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あっ、通知された。更に図書館で確認した内容と、それを元に考えた赤松氏と光専寺の関係についての推測を追記しました。(ページの最初と最後です)
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はてなブログに投稿しました
赤松氏ゆかりの山城・感状山城 - k-holyの史跡巡りメモ
http://amago.hatenablog.com/entry/2014/11/01/042002
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光専寺にに関しては兵庫県ないし播磨の寺院を総合的に扱った史料は見当たらなかったのですが、神戸新聞文化部編『杜を訪ねて ひょうごの神社とお寺[下]』に光専寺の項がありました。
現住職の赤松誠真さんの言では、寺の縁起によると赤松円心が創建したという円応寺が前身で、正和年間に矢野庄が東寺領となったため真言宗に転じ、その後寛文5年(1665)に赤松義村の孫・小林義光(のちに釈正西)が実如上人の感化を受け真宗に転じ、六代教誓に至って寺谷から現在地へ移転したとあるそうです。また、寺谷以前の経緯は不明ですが近くには「改宗」という地名があって住民のほとん…[全文を見る]
/ホリィ(新人)


