『描かれた戦国の京都―洛中洛外図屏風を読む』は先日少し立ち読みしたんですが、国立歴史民俗博物館所蔵の洛中洛外図が、出家後の細川高国と後継者の稙国を中心に描かれたものではないかという話で、なかなか興味深かったです。

この高国に似た姿が描かれてるという。
『信長と将軍義昭 - 提携から追放、包囲網へ』は信長研究を専門にされてる谷口克広氏の本ですが、最近はこの方に限らず幕府と将軍義昭の存在感を重視した信長論が語られているようです。
阿波三好家追討を執拗に求めた義昭の立場から見ると、毛利包囲網が崩壊するまでの流れも把握しやすそうだし、良いか…[全文を見る]
( ´-`)。o 0 (…ジョン・健・ヌッツォって…中二病ネーミング…?)
「すべてがFになる」のFって何?
モンゴル帝国の四狗の一人にスベエテイというのがおってだな……(後は思いつかなかった)
ほぼ増える一方のAmazon「ほしい物リスト」で最近特に気になってる物
描かれた戦国の京都―洛中洛外図屏風を読む
小島 道裕 (著)
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信長と将軍義昭 - 提携から追放、包囲網へ
谷口 克広 (著)
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織田信長
神田 千里 (著)
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日蓮宗と戦国京都
河内 将芳
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http://h.hatena.ne.jp/tubura77/228180733749100447
>久しぶりにオシッコとウ〇コを、やってはいけない場所にやり散らかしました。
最初キーワード名を見てなくて、ええー何の報告!?って思ってしまいました。すみません!!
Wikipediaの更新履歴を見ると、この件が最初に追加されたのは2005年3月のようで、その後も何度か出典のないまま追加され、2007年7月と2008年7月に以下のような理由で削除されています。
>放浪:典拠不明な記述を除去。『大王町史』では信虎の名は出ず、北畠勢とあるのみ
>放浪:『大王町史』の『九鬼御伝記』の要約には信虎の名は出ない
あと、こんな情報もありました。大坂の陣関連でよく楽しませてもらった「筑後川」氏のブログです。
甲賀城(武田信虎伝承地)筑後川の航海日誌
http://tikugo.exblog.jp/20784849/
>築城年代は不明。城主は武田左馬介(甲賀雅楽…[全文を見る]
信虎といえば過去に何度かWikipediaで目にした、志摩における九鬼氏と地頭の争いに地頭側の軍師として参戦し九鬼嘉隆を追い落としたという説が気になってたのですが、ちょっと検索してみました。
Web上で確認できる出所はこれでしょうか。
http://kukihonryu.com/rekisi/sandanorekisi/19_kukiyositaka/kukiyositaka.html
>>
嘉隆と嘉隆の兄は籠城してこれに対抗。しかし不幸にも籠城戦の最中、兄浄隆は二十八歳の 若さで陣没している。それでも嘉隆は、新たに惣領となった幼い甥の澄隆とともに良く持ち こたえたが、ここで嫌な相手が現れた。当時、十三地頭の一人で…[全文を見る]

いやほんまに、スパマーが皆適当なプロフィール画像設定して、いただきますに食べ物画像投稿したり、IDページに引きこもってみたり、時々思い出したかのようにしりとりに投稿しだしたら、もうすぐには区別できなくて通報もしづらい…っていうか、それ普通のハイカーだな…。
スパマーにハイク卒業してあっち行って貰ったら一石二鳥じゃね!??
livedoor Readerサービス終了撤回のお知らせで歓喜したわけですが、「サービス終了のお知らせ」で2000ツイート、「サービス終了撤回のお知らせ」で2100ツイートいっとるわけですよ。
ここではてなも思い切って「はてなハイク サービス終了のお知らせ」したら、twitter入り浸りのハイク卒業生(?)が大挙して戻ってくる…わけはなくて、まあ多分、そのまま終わるわな…。
ともかく、複数のスパマーが2,3秒おきで普通に投稿続けてるところを見ると、普通のユーザーにしか効果なかったのかな。
アカウントじゃなくてIPアドレスで制限かけたけど効果なかったってところかしら。
まあアカウントはログインしないと特定できないだろうし、そうすると入口で遮断できないから大変なんだろうなと。投稿の手段も色々あるだろうし。
[怒られる]
これが上も下も大量spamで埋もれちゃう…みたいな展開をほんのちょっとだけ期待したけど惜しかった

あと、後に義昭が上洛した際、義輝殺害と義栄の将軍就任を認めた容疑で近衛前久を追放したそうですが、前久の姉だか妹だかが義輝の正室なので、これが本当なら三人衆(と長房?)はえらい離れ業をやってのけたことになります。
義継の実母(十河一存の妻)は近衛家のライバル九条家で元関白・九条稙通の養女なので、そういう意味でも義継は蔑ろにされてるわけで。
義栄が阿波から担ぎ出されたのが、義継が長慶の葬儀と三回忌を立て続けに(喪を秘匿していたので)行って、後継者としとの存在をアピールした矢先というのも、その印象に拍車がかかります。
三好家の屋台骨を…[全文を見る]
次は篠原長房メインでブログの記事をまとめているところなんですが、長房個人の事跡よりも、義昭方の繋がりと松永久秀の立ち位置とかで激しく寄り道中です。
長慶死後の混乱は三好政権の内訌として三人衆vs松永久秀という構図で捉えられがちですが、どうも違うように感じられてきました。
かねてから反三好方であった畠山氏が、義輝殺害の翌月には上杉謙信に挙兵を促すとともに朝倉義景、武田義統、織田信長を調略していることを伝えているんですが、三人衆と敵対した松永父子はこの畠山氏と結んでいるのです。
松永父子の本拠地大和で対立している筒井氏が引き続き三人衆…[全文を見る]
総数自体大したことないので、佐々木氏好きな方が検索結果ページを開きっぱなしでブラウザ立ち上げるたびに来てるみたいなオチだったりして…。
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「伏見稲荷 私のおいなりさん」が相変わらず2%なのは意味わからないけど、稲荷関連記事2本が合わせて26%なのはキーワード自体の人気度なんだろうな。
沙沙貴神社関連の人気ぶりはよく分からない…観光名所的な意味ではメジャーじゃないと思うんですが。佐々木氏や六角氏が人気とも思えないし…ほんまに謎。
あと気になるのは、最近Google経由がめっきり減って、dmenuとかいうDocomoの検索サイト?が増えてること。Docomoのスマートフォンユーザーは大体これ通ってきてるのかな?