男でも女でも人のことを自分を飾るトロフィーみたいに扱う人はいる。
金髪美女ばかりとか、有資格者ばかり、著名人ばかりまわりにはべらせたがる人。
家庭に問題があって悩んでいる人ばかり、病んでる人ばかりはべらせている人もいる。
何にしても、自分じゃなく、自分の属性を好まれているんだと気づくとき、ひゅるっとする。
いぜんとてもよくしてくれた人が、わたしの背景を勘違いしていたと気づいたことがあった。
京都の川沿いの有名なお店で、わたしの答えを聞いた瞬間のその人の顔が忘れられない。
この人がどう思おうと、わたしの価値は上がり下がりしないんだと言い聞かせてた。
あれは悲しかったな。
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くたびれ はてこのことを語る
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オンラインのネタ投稿にカッカきて公開やり取り要求でスレの私物化超カコワルイ。
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四の五の考えずにきさまは部屋を片付けて、忘れ物とアロエを取りに来いや。
おまえの靴下ハサミで切ってクイックルワイパーにかぶせんぞゴルァ。
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>え、ええと。それは、わ、悪いことですか?
こんなんで通じるかボケが。聞きたいことの意味がわからんかったら頭下げて聞けやアホが。
なんのための通話無料じゃ。
って、久しぶりにはてちゃんは思った。
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家田荘子も書いてるけど、人妻ってネット文化では遊び相手として重宝される。
養ってやらなくていいし、時間の都合は付けやすいし、いざとなったら体よく別れられるからだって。
ロシア文学の世界が自分の身にふりかかるとは思っても見なかった。おっかねえ。
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とにかく痛感することは、「見てね!」って言われるより、「見てびっくりした」って言われるほうが好奇心を強く刺激されるということですね。
もう、みんな上手だなあ。
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ところで、この「ナニー」というホラー小説には雇い主の旦那さんがナニーに顔面騎乗位を強要されるびっくりシーンがある。
前後の脈絡なし、前振りなしでびっくりした。扇情的な描写は特にない。
スティーヴン・キングの「図書館警察」にも、恐ろしい謎の女が男を性的に襲うシーンがある。
奇妙な感じがしたんだけど、男を襲う女は化け物みたいで怖いっていう共通意識がアメリカにあるのかなと思った。
お、いい姉ちゃんだねと思ったら牛のような舌をベローンと出してセックスを迫ってくるとか、そういうの。
「トランスフォーマー2」のあのお姉ちゃんとか。
ユマ・サーマンが「Gガール」で恋人に迫っていたあのシーンも、そういうパロディだったのかなと思った。
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「ナニー」っていう謎の乳母が若夫婦と赤ん坊を引っ掻き回すホラー小説があってね。
その謎の乳母が、夫婦の留守に赤ん坊と一緒にお風呂に入るシーンがあるんだよね。
ちょうほのぼの。赤ちゃんキャッキャ言ってる。
でも欧米じゃ、相手が乳児でも一緒に風呂に入るっていうのは境界の侵害なのね。
その侵害ぶりがホラーなのね。
だから何をしたか、相手がどう思ったかが問題じゃなく、内心どう思ってたかって大事よね。
「今日公園で幼女と小一時間遊んだ。自分はロリ傾向はないと思ってたけど意外にあると発見!
ドキドキしつつそっと髪にさわった。女の子はく…[全文を見る]
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「いたいけな幼女の神々しい膝ウラにフェチな気持ちを刺激され、内心ドキドキしていることを大人の演技力で完璧にカバーしつつ触ってみたおじさんのボク」
とかブログで実名と職種をさらして書いたら、まあ場合によっては2chでスレ立てされることはあると覚悟した方がいい。
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「はてこをすきになるとか絶対何かの勘違い。間違った印象と先入観の結果」
と固く信じて疑わなかった。
想いを寄せられると自分が人を騙しているか、相手の判断が間違っているかどちらかだろうと思っていた。
それで騙した覚えのないもちおが熱烈に想いを寄せまくってきたとき、こいつはバカだと思った。
バカとはつきあえないし結婚できない。
でもある日の仕事の帰り道、電車の中で、宝物にしているカエルのげろげろボールペンを見ていて思った。
このげろげろボールペンは、わたし以外の人にはなんともないノベルティにすぎないだろう。
ノックするたびゴムのカエル…[全文を見る]
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だからはてこは「遊びにきてください」とか「泊まりにきてください」とかは社交辞令で言わないの。
「遊びに行きましょう」は延期になりがちだけどね!
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「なんかあったらおいで」を真に受けて、驚いた顔を見て
「ああ、ほんとに来ると思っていなかったんだ」と思ったことがある。
だから用意がないならそういうことを言わないでほしいんだよね。
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児童買春者のサディストに怪我をさせられた路上生活の子どもに、
「そんなこともうやめな。今度さそわれたらおにいちゃんところへ逃げて来い」
って言ったライターの話を読んだ。
子どもは本当に深夜に逃げてきた。ライターは本当に宿まで来ると想定していなかった。
それで一晩部屋に寝かせて公園に返すことしか考えられなかったと書いていた。
「ちゃんと逃げてきたよ、えらい?」
と子どもは誉めて欲しがったけど、ライターは返事ができなかった。
「怒ってるの? こっちへ来て」
と不安がる子どもに
「僕はきみを抱けない」
と答えた。子どもは泣いた。
買ってくれと…[全文を見る]
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お金がほんとにないと、「かーねーのない奴ぁ 俺ンとこへ来い」って言われたら行っちゃうし、
「おーれーもないけど 心配するな」って言われたら切れる。青い空白い雲を見る余裕なんてない。
モノも愛情も余裕がないと確保に必死になる。
そのうちなんとかならねえよバカ野郎おまえの相手する時間はねえんだよ!!ってなる。
お金か愛情かどっちかたっぷりないとこういうの笑えない。
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でもわたしがもちおに
「長い間お世話になりました。愛する人もできました。立派な家庭を作ります」
と出て行くと、もちおは悲しくて死んじゃうかもしれないからそれはやめよう。
もっといい人を探せばいいんじゃないかと長い間思っていたけど、もちおにとってはわたしが家族で、
家族は取替えがきかないんだなと少し前に気がついた。
「おまえんちの犬、雑種か。もう年寄りじゃん、このチワワと取り替えろよ」
みたいなことを言うのはよくないよね。
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「大草原のちいさな家」でローラが結婚するところまで読んだとき、
「ローラ、家にいればいいじゃん! なんでこの家を捨ててアルマンゾのとこへいっちゃうんだ!」
と思った。
いま思うと、十分愛し合ったかけがえのない家族を持った人は、外へ出て行けるんだと思う。
自分もそんな家族を作ろうと希望を持って出て行けるんだと思う。
しょっちゅう不当に叱られて、出てけといわれてる子どもを知ってるけど、
「大人になったらどんな家に住みたい?」
と聞いたら、
「ずっとこの家にいる」
と真剣な顔で言っていた。
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親族の仕打ちに一喜一憂しなくなったのは、もちおと暮らしているからだ。
もちおが自分の家族になったので、親族がどうであっても、自分の家の中に幸せがあるからだ。
幸せだと人に寛大になれる。この家を大事にしようと思う。
家族とうまくやって大人になった人は、こういう気持ちで大きくなったんだろうな。
そりゃちょっとやさしくされたからって変な人に入れあげて家を出たりする必要ないよね。
やさしくされること、愛されることはすでに持っているんだから。
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「○○世帯は不当に手当てがある! ずるい!」 みたいに騒ぐ人と、
「アフィリエイトをやってる! 汚い!」みたいに騒ぐ人って似てる。
誰も奪っているわけじゃないのに、自分の取り分が減る感じがするんだろうな。
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両親、継母、妹弟がいてよかったし、大事に思う。
けど次にまたわたしが路頭に迷ったときも、まあ助けてくれないだろうなとも思っている。
死んだら泣くかもしれないけど、死ぬまでは近づいてこないだろうと思う。
それで凹むとか怒るとかじゃなく、そういう想定である程度将来を考えておこうと思う。
それ以前にもいざとなったら助けてくれると思っていたわけではない。
そうなってみて、具体的にどういう問題が起こるかわかったので、備えられるものは備えたい。
わたしが崖から落ちそうになっても引き上げるための心体技が、うちの親族にはないんだなと思った。
なんすかね、ボランティアとかもそうじゃん。
「ここで自分の分をわけちゃったら自分の将来はめちゃくちゃになる、不幸になる」
みたいな不安が大きいと、何かを必要とする人が敵に見えるんだよね。
/くたびれ はてこ