眉根を寄せて見開いた眼をまばたきもせず、「ぅーん・・・ ぅーん・・・」とドップラー効果がかかった相槌を打っていた施術師さん。
あれが無条件の愛をもって話を聞くというメッセージを、人に伝える効果的な方法だったのかな。
いやみじゃなくて、ふつうの人は、あれをうれしく感じて泣いちゃったりするのかな。
自分はデリケートな話にはオーバーに反応されたくないから、ひとの話も淡々と聞くようにしてるんだけど、
「そうなの! まあ! ええ、ええ、わかるわ」
って絶妙な温かさでいえる人もいるよね。上辺だけでもそうしてほしいっていうひともいるんだろうな。
「や…[全文を見る]
お話しするにはログインしてください。
くたびれ はてこのことを語る
くたびれ はてこのことを語る
インナーチャイルドがどうこうって、自分の中に自分用の萌えキャラを作って、微妙に上から目線で見下して扱いながら(自分のなかで自分をどれほど見下そうが、甘やかそうが自由だからね)、自分は現代社会で忘れられがちなほんとうの自分を癒す愛を育んでる、って鼻高々でうれしい気分になれるひとや、そのための正しいやり方をみんなに教えてあげて、他人の人生に魔法のような奇跡を起こしたい! っていうひと、できればそれでお金もらって食べて行きたいっていうひとを中心に運用されているんじゃないか。少なくとも日本語でインナーチャイルドと調べたwebの結果や、それ…[全文を見る]
くたびれ はてこのことを語る
「健全な子どもはひとを無条件に受け入れ、純粋な愛を抱いています」
っていう定義がまず自閉症babyとして「人を無視する」といわれていたはてことしては「むぅ」って感じ。
大人→便利、くらいに思ってる子もいて、それを見てうちの子異常だって泣いてるお母さんもいるじゃん。
それ、お母さんのせいじゃないよ。
愛して育てれば手を広げて抱きしめたがる、キスしたがる、それを喜ぶ子ばかりが育つわけじゃない。
それと違ったら健やかじゃないってわけじゃない。
子どもって、微笑みかけてもしらっとして、ひとを観察してたりするじゃん。
やたらと笑顔でにこにこ全開な…[全文を見る]
くたびれ はてこのことを語る
インナーチャイルドが自分自身だってことは、自分が言いたくないことはちいさい自分も言いたくない可能性が大きいわけで、一概に無理に押さえつけてるとは言えない。子どもがどれほど人見知りするか、相手を選ぶかを考えたらそれは分かるはずだ。
「いぜんは人を信頼できなかったけれど、インナーチャイルドを癒したいまは、彼女はおいでというと平気でひざにあがってきます。抱っこが大好きな甘えん坊です」
って、いぜん斉藤学があとがきに書いていて、成人女性が治療者の膝に子ども帰りして上がってくるっていうのは健全になったねえと手放しで喜べる状態じゃないよとぞっとしたんだよね。この道すすんだらこんなになっちまうんだ、おっかねえ! と思った。
くたびれ はてこのことを語る
一目置いてる科学者でインナーチャイルドがどうこう言っている人もいるから、インナーチャイルドwwwとは思わないけれど、それはひとの心理や精神構造を解釈するひとつの方法で、けっきょく自分を知る手段のひとつだとわたしは思う。
どっから始まった話だよと思ってさっきwebで起源を検索したんだけど、まったく出てこなくて驚いた。
スピリチュアル座敷童子だな。
くたびれ はてこのことを語る
「傷ついた孤独なインナーチャイルドがブリーフワークで癒される」
みたいな、既存の脳内ストーリーにあわせて、こちらの一挙手一投足を解釈されるというのは、ちょっとやおい妄想みたいだよ。
「こいつら本心では愛し合ってる」っていう前提で言動を解釈して盛り上がるの。
どこまで深読みできるかが勝負なの。ほんとうのところどうなのか、じゃなく。
楽しいんだろうな、と思うよ。はまるのわかる気がする。解釈しまくりで。
でもインナーチャイルド関係にはまった人で、前よりましな状態で生きて帰ってきたひとを見たことがない。
くたびれ はてこのことを語る
それにさ、7歳の子どもが親に言いたいけど言えないことがあるとしたら、ひとつにはそれをどう表現したらいいかわからないからだよ。
だからいまの自分の戻ってだいたいこういう感じかな、っていうところで話すじゃん。
あのさ、はてこと一回でも会ったことがある人なら知っていると思うんだけど、はてこは日ごろきびきびしてるけど、
「あのね、はてこ、それきらい。やなの」
とかとつぜん言い出すことがあるんだよね。言う相手は親しい人に限られているけど、
「はてこはもうくたびれちゃったよ」
とか、独り言いうんだよね。あれでわたし昔すごく悩んだんだよね。頭お…[全文を見る]
くたびれ はてこのことを語る
さいしょ、親を出せって言われたんだよね。父と母をこの部屋に呼び出して座らせろって。
それで思い浮かべてみてたわけ。若いなあ、もう自分はこの二人より歳が上だよ、って。
そしたら、7歳のころ親に言いたかったけど言えなかったことがあったら言えって言うのね。
あんたさ、初対面だよね。あってまだ一時間も経ってないよね。
それをそこで聞く権利があると思ってんの? って思った。超プライベートな話じゃん。
なんかさ、
「あなたのいちばん好きな体位を思い浮かべてください、どんな感じがするか言って下さい」
みたいな。え、なに言ってんの? って思った。
くたびれ はてこのことを語る
例の施術師さんがさ、「インナーチャイルドはほんとうにいるんです」とか真顔で言うわけ。
「いいですか、」っていう調子でいうわけ。「勉強しないと今度のテストは0点ですよ」みたいに。
でもさ、いるもなにも、それは概念だよね。ひとの心理や精神構造にたいするひとつの考え方だよね。
いわゆるハイアーセルフとかとも違うわけだよね。
もっというと、いるもなにもそれは自分自身なわけだよね。いて当たり前だろう。何を秘儀ぶってるんだ。
くたびれ はてこのことを語る
あの手の本て、
「じぶんは一度も親に誉められたことが、抱きしめられたことが、愛されたことがない」
とか
「じぶんには子ども時代がまったくなかった」
とか、いちいち不幸のどんぶり勘定が大盛りで、正確さにこだわるはてこはそのたび「マジで?」って思うんだよね。
そりゃ片親だったら一度も~っていうことはあるだろう。
でもさ。
親も人間じゃん。かなりの確立でうっかり子どもを誉めたり、ちらっと抱きしめちゃったりすることあるんじゃないの。
うちの親とかあの手の本だいすきだから、「はてこはママのたいせつな娘です」「宝物です」とかはがき書いてきたこ…[全文を見る]
くたびれ はてこのことを語る
自分のいろんな面を認めるという意味で和解はたいせつだと思うよ。
でもさ、「自分の中の傷ついた子ども」を癒すために今の痛みと生活苦を背負う大人の自分はどうなるんだ。
「インナーチャイルドのためのブリーフワーク」に時間と資力を割いて、インナーチャイルド最優先か。
大人には大人として優先したいことがあるじゃんか。それはそれで大人だからしっかりやれってか。
大人だからがんばれってか。結局無理させることになるんじゃないか。
運よく老人になったときに「自分の中の傷ついた大人」を癒す老人として無理した付けを払うのか。
くたびれ はてこのことを語る
自分の中に子どもがいるならそれは純粋で穢れない子なんかじゃないだろう。
子どもは身勝手で自己中心的で悪巧みもすれば計算もする。
子どもが純粋で大人は不純、子どもは弱くて大人は強い、そんな平面的な理解があるか。
経験を経た大人の純粋さがあり、子どもの強さがある。
それが統合できたらそれはすばらしいと思う。だけど、
「現在の不幸は親の至らなさからくる非力な自分のせいだから、自力でその子の面倒を見ろ」
なんて、けっきょく親がやるべきことを肩代わりしてた子ども時代と変わりないんじゃないのか。
くたびれ はてこのことを語る
「その子はひとりぼっちで深い傷を抱えてふるえながら泣いています」
っていうステロタイプな話も、身の毛がよだって大嫌い。
子どもがどんなに力強いものか、逆境のもとでどれだけ創造的な力を発揮して笑うか考えてみろ。
自分の中に子どもがいるとすればその子は幼稚でか弱いだけじゃなく力強く自由でもある。
どれほどの過酷な経験のもとに育ったとしても、同時に失われていない輝きがあるはずだ。
その子がもしもほんものの子どもなら。
自分の中の子どもを見るというのはそういうことじゃないかと思う。
くたびれ はてこのことを語る
インナーチャイルドを抱きしめてあげよう、っていう言葉がすでに上から目線でいやなんだと気づいた。
英語ではどうかしらないけど、日本語では上から目線のいやらしい大人と無力で不自然な子どものセット幻想だ。
無力で愚かで幼稚な子どもをイメージして、それと比較していまの自分を強く賢いと思い込む幻想。
わたし、そんなのやだな。
ちいさくても、はてこはひとりのにんげんだ。尊厳と尊敬に値する、生きる力を持った子だ。
その子に必要なのは具体的で本物の援助であって、病人である未来の自分からの薄気味悪い哀れみじゃない。
くたびれ はてこのことを語る
だから、鍼灸でもカイロでも手かざしでも占いでも、とてもしっくりきて人生の転機になるひともいるかもねと思う。
医者ぜんぶを否定して病院へ行かない親族が何人かいて、手を焼いているので団子で毛嫌いしたくない。
でもさ、難しいよね。お金のかかる長い旅になることもあるよね。
くたびれ はてこのことを語る
ある日とつぜん思いついて入ってみたyahooチャットで、見ず知らずの人と話した。
仕事を聞かれて自宅療養していると答えた。婦人科に行ったかといわれた。
「実は医療関係のライターをやっている。先日名物女医さんのいる婦人科に取材に言った。その女医さんがいうには、女性は風邪をひいても婦人科へ行け、だそうだ」
ずいぶんいろんな検査を受けたけれど、婦人科は行っていなかった。話しに引かれて予約してみた。一ヶ月待ちだった。
さいわい婦人科系統は異常がなく、そこで知り合いの精神科医を紹介するといわれて紹介されたのがいま通っているお医者さん。
「わたしも定年過ぎてまだ患者さん診てるけど、彼女もそうなの。医長を辞めてから開業したの」
いまは新患は受け付けていないけれど、紹介で入れた。
それまで会ったことのないタイプのお医者さんだった。結果的に時間をかけてゆっくりかかっている。
くたびれ はてこのことを語る
いま通院している病院の医師に出会うまで、精神科はもう金輪際行かないと思っていた。
それまでやむなくあちこちの病院を転々として10人くらいの医師にかかった。
精神病ではない、分裂気質である、分裂症である、生い立ちの影響であるetc。
発達障害にたどりつくまで20年近くかかった。
くたびれ はてこのことを語る
本って、すごく、安いよね。
携帯できる情報をあれだけふんだんに収めて、数千円だもの。
古本もあるし図書館は無料だし。眼をだいじにしなくちゃね。
くたびれ はてこのことを語る
けっきょく自己管理、自己管理、自己管理なのかな。
眠る、食べる、動く、感じる。
それがうまくいかなくなっていろんな治療法を試すわけだけれど。
くたびれ はてこのことを語る
いちばん悲しかったことは、「何回も時間をかけてインナーチャイルドをゆっくり癒して治していくことです」と施術師さんが諭すように繰り返したこと。
なんどもここへ来て、このひとのいうところの「ワーク」に沿って古傷掘り起こすことはどう考えても楽しくない。
でも、それ以前に無職のわたしが夫の収入の中から何度もこの種の施術を受ける費用を捻出することは正直無理。
わたしは施術師さんに自分の体の状態についてある種の診断を受けたくて来たのだ。
費用の心配がまったくなくても体力的にここへ来ることがどういうことなのか、この人にはまったくわかっていない。
経済的な負担も、体力的な負担も、そこから来る精神的な負担も、この人にはイメージできないんだと思った。
そんなひとにさー、こどものころの辛かったこととか根掘り葉掘り聞かれてもさー。
/くたびれ はてこ