女性や子どもの権利を主張することがどうして集団的人権だなんて言い出すのかしらね。
女性である人や、子どもである人の話しでしょう。
そうこうするうちに実在する個人じゃなければとかHNだったらなんて頭が混乱してくるのよ。
実在する身近な個人が性的に搾取される対象になっていることがわからないなんて。
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くたびれ はてこのことを語る
くたびれ はてこのことを語る
すべてのレイプ被害者にはレイプの機会を作った責任があると主張し続ける人なんてネットの上でも触れあいたくない。
くたびれ はてこのことを語る
「話しかけないでちょうだい」
「ならなぜ僕に話しかけるんですか」
アボガドバナナかと。
くたびれ はてこのことを語る
はてこは「エッチなのはいけないと思います」と主張していると思われがちだけれど、
「レイプは犯罪です」って思っているだけなのよ。
くたびれ はてこのことを語る
図書館と聞いてなぜか「クローディアの秘密」を思い出した。
あれは博物館だ。
くたびれ はてこのことを語る
子どもが自慰行為に使うからと人体解剖図を捨てた親がいたとして、
子どもからエロ本を取り上げた、とは報道されないよ。
ていうかニュースでエロ本て言わないんじゃないの。
児童ポルノっていってるくらいじゃん。まあでも嫌なのね、そう。
くたびれ はてこのことを語る
>その本の使用目的がどの程度性欲処理の為なのか
ペット写真集買ってハアハアするケモナーさんがいてもペット写真集はふつう性欲処理目的に出される本じゃないし、
洋物無修正裏本が国際的な人体の違いを観察するために購入されても、本自体は性欲処理目的に出されてるよね。
買った人の使い方でふりわけることじゃないとわたしは思うな。
くたびれ はてこのことを語る
エロ本へのこだわりはよくわかったわ。
どういう場合はエロでどういう場合はポルノなのかはよくわからないけど。
くたびれ はてこのことを語る
施設で育った人がHPの中で、
「美術の授業の一貫で美術館へ連れて行ってもらって、生まれて初めて裸婦を見た。
自分は女性の裸体を見たことがなく、こんなに違うのかと衝撃的だった。
しかし施設の管理者と牧師から後に問い詰められ、二度とそういういかがわしいものを見ないと書かせられた」
って書いていて、これはもうエロスとポルノが完全にごっちゃになった状態だと思った。
裸は嫌らしい、セックスは嫌らしいというのはおかしい。
でもエロ本ってまさに社会的不品行を模索してるよね、一般的に。
その結果エロスに禁忌は不可欠だって誤解する人が続出して、強姦や児童虐待やむなしとまで言うように。
何が正常かという点では諸説あると思うけれど、強姦と児童虐待は間違いなく社会的逸脱行為だよ。
くたびれ はてこのことを語る
どっちかていうとあの種の本をエロ本って言わないでほしいのよねー。
「お姉さんがのびのび裸体をさらけ出してるのは社会的不品行じゃない」
くらいならわかるんだけど、そこにあるのはエロスじゃなくてバイオレンスだっていう現状からしてなおさら。
でもコミケで美少女ものと言ったらもうセクシャルジャンルに限定されるのと同じで、いまさらどうしようもないかもしれないけど。
くたびれ はてこのことを語る
はてなキーワードのポルノも「エロ本、エロマンガ、エロビデオなどの古い言い方」になってる。学術的に厳密で正確かどうかはともかく、一般的な意味で伝わる表現だと思うけど。
エロ本っていうのもずいぶんな言い方よね。アダルトに至ってはもう漠然としすぎて何が何だか。
くたびれ はてこのことを語る
児童を扇情的に描いたのが児童ポルノなら、成人を扇情的に描いたものは一般的なポルノだわ。
くたびれ はてこのことを語る
あのね、はてこが言っているのは東京都が表現を規制しているのがポルノだということじゃなく、あなたが書いた「エロ本を取り上げらた」っていうケースのことなの。
それとも電影少女やなんかを指してエロ本って書いたの?
くたびれ はてこのことを語る
だからってエロ本・アダルト雑誌・一昔前ではビニ本っていう言い方が的確で政治的に正しいとも思わないよ。
英語直訳の雑誌を長く読んでたけど、お姉さんのセクシーグラビア全般ポルノって訳されてたよ。
ちょっと前までああいう映画はポルノ映画だったじゃん。
そしてエロ本を取り上げられたっていうのはそういう本を取り上げられたってことでしょ。
くたびれ はてこのことを語る
ていうか、エロ本てポルノだよね。
エロスについて書いた絵画の本とかアガペーとエロスを比較した聖書の解説とかそういうんじゃないでしょ。
くたびれ はてこのことを語る
でも世の中には逆の発想で、おかずにされるかもしれないから語るべきではないという人もいるよね。
他人が性的な刺激を覚えることにどこまでも責任を持てという発想。
それがどんどん進むと強姦されるような服装をしている側にも罪があるとか、レイプ被害者も罰せられるべきになるんだろうな。
ダイヤリのアクセスログ見ると、最初の頃いたずらされたこと書いたエントリにアクセス集中してて、
たぶん半分以上おかず目的で読んでハアハアしてるんだべなと思った。
うちのブログの検索ワードは「レイプ 感じる」というのがものすごく多い。
くたびれ はてこのことを語る
レイプ被害者はセブンティーンのレイプ体験読んで癒されてるんじゃ的な話する人いるけどさ、
わたしは自分みたいな子が出てくるポルノに何ら癒されなかったけどね。
だってポルノじゃん。ポルノにされる程度だったんですよ、ってことじゃん。
ちょっとハードで衝撃的な性体験っていう扱いじゃん。
えー、じゃあこんなに長期間悩んでたりしちゃ言い訳なのかなとか、
逆にふつうに生きてるようじゃ傷ついてると言えないのかなとか
忌々しく頭の混乱が増しただけだよ。トリィ・ヘイデンの本読んでるのとぜんぜん違ったよ。
くたびれ はてこのことを語る
家の中で両親がセックスをしているかどうかではなく、それをどう思っているかは子どもに影響する。
それはポルノに触れる機会が多い少ないよりずっと大きな影響がある。
ポルノやセックスや性欲をどう解釈するかに影響するからだ。
いけないことだから感じるというのは、そういうところからくるのだと思う。
家族の間にもプライバシーはある。排泄は健全な生理的反応だけれど、ふつうトイレにドアは付ける。
見せる必要はないし、ふつうは見たくない。でも極端に隠したり恥じたりするのはやっぱりよくないと思う。
オムツが外れたらトイレの使い方はちゃんと教える。じゃないと一生困るし、よそにも迷惑だ。
くたびれ はてこのことを語る
こういう親の異常な潔癖さは自分の身体は汚れたものだという印象をわたしに残した。
今も母はわたしに夫がいることにこういう部分で耐えられない。
結婚して間もないころ、夫が子どもを望んでいると何気なく話したとき母ははっきりと無視した。
子どもを持つというのは母にとってはセックスの話なのだと思う。
夫と喧嘩をしたと知った時も「別れなさい、60、70の爺じゃないんだから」と即答した。
一瞬ぽかんとしたけれど、要するに母はセックスレスが原因なのだろうと思ったのだった。
母にとって結婚は、汚れた、嫌らしい、口にすることも憚られるセックスの結びつきなのだった。
そのくせうちの両親はほんとに熱心にセックスをする人達だった。
父は再婚後もそうだったけれど、継母はそのことをとても誇らしく自慢に思っていた。
くたびれ はてこのことを語る
もっとわからないのは、家の中でポルノが見つかるとわたしのせいにされたこと。
恐らく父が買ってきた(としか考えられない)ポルノグラビアやテープが何度か出てきた。
しかも出てきた場所は両親の寝室だった。
それを母は何故かわたしのものだと決めつけて、兄弟たちの前でこっぴどく叱りつけた。
父に性欲があり、父との間に性関係があることが耐えられなかったのかもしれないけど、
あまりにむちゃくちゃな責任転嫁だった。
母は離婚してからも、自宅から扇情的な下着が出てくると、一人暮らしをしているわたしに
「これ、はてこの下着でしょう?」
と曖昧な笑いを浮かべて差し出した。いま思えばあれは母がどこかで買ったのだと思う。
それを自分のものだと、妹の前で認めず、はてこが忘れていったのだと言ったのだと思う。
/くたびれ はてこ