~自作から「引用」(笑)~
「フィクションで読むかぎり、それはすごく神秘的で途方もない至福を味わえるもので運命を決するほどの力があり、たいてい重要なエピソードとしてとりあげられている。
だから、何も知らなかった頃は、セックスすれば問題が解決するのかと思っていた。その後、だんだん大人になるにつけ、どうやらそれは甚だしい誤解なのだと気がついた。」
「言われてみると、三年次にはサドやバタイユやその他エロティシズム満載な本ばかり読んでいた。あの読書遍歴を知られていたなら欲求不満と思われてもしょうがない。
実をいえば、いったいぜんたい世の中のひとがほんとは何をどうしているのか熱烈に知りたかったのだ。
友人たちや知り合いにリサーチすればするほどその違いに翻弄され謎めいて、かといって巷に溢れる恋愛マニュアル本は鵜呑みにできず、一度だけ女友達と鑑賞会をしたアダルトビデオというやつは脈絡のなさに頤が落ちそうになり、トレンディドラマには肝腎なところは出てこない。キスくらい、高校の頃に何度もした。その先を、みんなどうやって遂行しかつ継続しているのか教えて欲しい。
少女漫画を信じるのは危険すぎる。少年誌や青年誌も願望充足ファンタジー度合いでは似たようなものだろう。あと他に頼れるのは文学しかないと取りすがったはずが、よく言われるように仏文の恋愛はたいてい不倫だった。カトリック、恐るべし。
トリスタンとイズーの悲恋をさきがけに、エンマもマノンもジュリアン・ソレルもヴァルモン子爵もアドルフも、並べ渡すとみな堕落しているようだ。『三銃士』を大人になって読み返すまで、ミレディにばかり気をとられダルタニャンの恋人に夫がいたことを忘れているような自身の体たらくにがっくりした。
とにもかくにも自分自身の参考になる、ボーイミーツガール型またはガールミーツボーイ型の、ポルノでもないけどそういうことがきちんと書いてある、甘酸っぱくも初々しくもない、幸福なラブストーリーというのはこの世の一体どこにあるのだ――」
florentine(磯崎愛)のことを語る
