麻薬中毒者リーは、「触れあい」を求めて近づいた青年アラートンとともに究極のドラッグを探して、南米へと旅に出る…笑いに満ちた語り、ときに漂う喪失感。デビュー直後に執筆されながらも長らく封印され、発表後には大いに物議をかもした、せつない恋愛を描く自伝的小説。三十七年ぶりの改訳版(旧邦題「おかま」)。
「LGBT」「多様性」理解のその先へ──
これからの時代のジェンダー/セクシュアリティを考えるための新教養、超入門編
女性や性的マイノリティは歴史の中でいかに闘い、どのような困難に直面したのか。想定されていなかった様々な“差異”に出会った時、そこに新たな連帯の可能性の領野が広がる──
あらゆる境界線を疑い、多様な性/生の在り方を問い直す
第1章 アメリカ独立宣言とリベラル・フェミニズム
第2章 1960 年代のアメリカと性革命
第3章 ラディカル・フェミニズムとレズビアン・フェミニズムの勃興
第4章 病気としての同性愛から抵抗へ
第5章 アイデンティティとプライド
第6章 エイズの流行
第7章 エイズ・アクティビズム
第8章 クィア・スタディーズの理論とその背景
第9章 同性婚と軍隊
第10章 性別を越境する
クィア・スタディーズの現在地を知るためのシリーズ 創刊
「クィア」という視点で世界を眺めたときに、私たちは何に気がつき、誰と出会うのか。
「LGBT」「セクシュアル・マイノリティ」という言葉が
日本の文脈で広まっていった過程でとりこぼされてきた問題を掘り起こす試み。
序章 クィア・スタディーズとは何か
第1章 一九七〇年代以降の首都圏におけるレズビアン・コミュニティの形成と変容 [杉浦郁子]
集合的アイデンティティの意味づけ実践に着目して
第2章 クローゼットと寛容 [風間 孝]
府中青年の家裁判はなぜゲイ男性によって批判されたか
第3章 女性同性愛と男性同性愛、非対称の百年間 [前川直哉]
Column イスラエルの戦争犯罪に共犯する東京レインボープライドとわたしたち
[小野直子(フツーのLGBTをクィアする)]
第4章 コミュニティを再考する [菅野優香]
クィア・LGBT映画祭と情動の社会空間
第5章 教育実践学としてのクィア・ペダゴジーの意義 [渡辺大輔]
Column 学校でLGBTをどう扱うかー10年間の経緯と、これから [遠藤まめた]
第6章 クィアとキリスト教 [朝香知己]
パトリック・S・チェンによるクィア神学の試み
Column 同性愛の発見と発明ー米軍におけるセクシュアリティの歴史 [高内悠貴]
第7章 怒りの炎を噴く [エイミー・スエヨシ(佐々木 裕子訳)]
クィア史におけるアジア太平洋系アメリカ人のアクティビズムを記念して
Column 厳しい政治的条件下で手段を尽くして運動をすすめる中国のLGBT [遠山日出也]
文×論。
【創作新連載】
「先祖返り」島田雅彦
【創作】
「さようなら私たち」金原ひとみ
【中篇一挙】
「お疲れのところはございますか?」石田夏穂
【批評総特集・「論」の遠近法2026】
・対談
「批評家とは何者か」東浩紀×福尾匠
・批評新連載
「声の避難所」高森順子
「「物」をほどく」林大地
「ツァラの創作論 小説家はどう長篇を書いているのか」古川日出男
・批評
「秩序からの逃走 失敗と文化批評の抵抗」青本柚紀
「〈ハイブリッド精神〉をポケットに入れて 宮迫千鶴論」北川光恵
「政治家とアイドル 日本にとって“メガチャーチ”とは何か?」小峰ひずみ
「1条をどう評価すべきか 新潟県における憲法論議」原武史
「思春期というニヒリズム 自分を騙す快楽」三浦雅士
「使い道のないディルドと親指ペニス、クィアな想像力について」水上文
・対話
「対話」蓮實重彥×工藤庸子
・ノンフィクション新連載
「なぜ、彼女たちは「犯罪者」になったのか」伊藤春奈
・ノンフィクション
「昭和元年の七日間」前田啓介
・論点
「文学フリマにみる「文学空間」の変容」鈴木沙巴良
・エッセイ新連載
「よわねいろ」木村衣有子
「具体的な話」武田砂鉄
・エッセイ
「ぼろぼろ」永井玲衣
・書評
「戦争の体温に沈む」伊藤亜和
(特集内小特集・「思考のストレッチ」)
・対談
「小説と批評、あるいはクイズをめぐる問い」小川哲×田村正資
・書評
「伸び縮みする術式と曖昧な式神」難波優輝
・エッセイ
「世界をあれこれ解釈して遊ぶことのススメ」田村正資
・巻尾新連載
「巻尾言」福尾匠
【随筆】
「モードの問題」小森真樹
「弛みない悪意」福田節郎
【連載・書評】
藤野可織/多和田葉子/円城塔/いしいしんじ/阿部和重/松浦寿輝/いとうせいこう×みうらじゅん/川上幸之介/田中純/武塙麻衣子/三宅香帆/岩川ありさ/田村正資/江南亜美子/豊永浩平/高木徹/島口大樹×崔実/若林踏/伊藤亜和/平野啓一郎/石井美保/平山周吉/毬矢まりえ×森山恵/小西康陽/渡邊英理/小川公代/野崎歓/百瀬文/奈倉有里/穂村弘/くどうれいん/石井ゆかり/一穂ミチ/江南亜美子/遠藤秀紀/星野智幸
クィア・シネマという「可能性の地平」に向かって
ジェンダーやセクシュアリティ、人種に対する規範や制度を問い直し、家族主義や都会主義に抗い、直線的な時間に逆らって歴史を書き直す。気鋭の研究者が照らし出すクィア・シネマの重層性。
アルフレッド・ヒッチコック、オードリー・ヘプバーン、ジュディ・ガーランド、グザヴィエ・ドラン、セリーヌ・シアマ、田中絹代、三池崇史、美輪明宏、原節子、高倉健……作家、スター、作品のみならず観客やコミュニティを縦横に論じる「雑種」で「不純」な映画論。
ジェンダーやセクシュアリティ、人種、コミュニティの規範や理想を強化し、教え込む教育的な役割も担ってきたシネマ(映画)。そこで生まれた「常識」や「当然」を疑うことによって、慣れ親しんできたアイデンティティやカテゴリーを問い直し、「異なる」欲望や「非規範」的な関係の可能性へと導くものこそがクィア・シネマである。直線的な時間に抗い歴史を書き直すその試みは、現在や現状を肯定することなく、可能性として存在し続ける「地平」だといえる。
4部構成による本書は、常識や当然に抗うクィア・シネマの「雑種」で「不純」なあり方を体現する。クィア・シネマの歴史や横断性、クィアの理論と歴史を俯瞰する第1部。ジュディ・ガーランドといった黄金期ハリウッドのスターから、グザヴィエ・ドランやセリーヌ・シアマといった近年の注目監督まで、アメリカおよびフランスのスターや映画作家、映画作品のわたしたちが知っているあり方とは「別」のあり方を提示する第2部。美輪明宏や原節子、高倉健といった映画スターたちと、そのファンやファンたちのコミュニティを取り上げ、雑種性が強く表れた日本映画を扱う第3部。そして、1970年代のフェミニスト映画運動や日本で開催されるクィア・LGBT映画祭を深く掘り下げ、映画とコミュニティの関係を地域性を絡めつつ論じる第4部が最後を飾る。作家論やスター論、作品論のみならず、観客論やコミュニティ論も入り混じり、クィア・シネマの射影の広さが感じられる構成になっている。
第1部のうちの2章と、黒人レズビアンをテーマにした初めての長編劇映画とされる『ウォーターメロン・ウーマン』を論じた章の計3本の書き下ろし論考を収録。また英語で発表した美輪明宏論と原節子論の邦訳も収められている。
編著や共著、雑誌などでクィア・シネマの可能性を日本に紹介してきた気鋭の映画研究者による待望の単著デビュー作。
わたしたちは、映画を通じてジェンダーやセクシュアリティ、人種の規範性や理想を「学び」、内面化してきた。映画はそれらを映し出すだけでなく、強化し、教え込む教育的な役割を担ってきたのである。クィア・シネマの役割のひとつは、そうした規範性や理想を学び捨てること、あるいは学び直すことである。わたしたちが知っているシネマのあり方とは別のシネマのあり方を想像させてくれる…
最近よく見かける「LGBT」という言葉。メディアなどでも取り上げられ、この言葉からレズビアン、ゲイの当事者を思い浮かべる人も増えている。しかし、それはセクシュアルマイノリティのほんの一握りの姿に過ぎない。バイセクシュアルやトランスジェンダーについてはほとんど言及されず、それらの言葉ではくくることができない性のかたちがあることも見逃されている。「LGBT」を手掛かりとして、多様な性のありかたを知る方法を学ぶための一冊。
時間ー空間をクィアする
「過去/現在/未来」「都会/地方」「大人/若者」--時間性と地理におけるこうした分析枠組み、あるいはそれを前提にしたヘゲモニックな「時間ー空間」モデルを、クィア、トランスジェンダーの身体・欲望・実践から読み換え、新たな「時間性モデル」を構築した、クィアスタディーズの到達点。
「大都市規範(メトロノーマティヴィティ)」「クィアな時間性」などの最重要概念を提示し、二〇〇〇年前後における文化理論の「時間論的転回」に、最も大きな影響を与えた画期的文献、待望の翻訳!
日本語版への序文 かつて、あるクィアな時間に
第1章 クィアな時間性とポストモダン地理学
第2章 ブランドン・アーカイヴ
第3章 ブランドンを失わずにいること
第4章 トランスジェンダーの目線
第5章 テクノトピアズーー現代美術においてトランスジェンダー身体を表象すること
第6章 おいたしちゃダメ! オースティン・パワーズとドラァグ・キングたち
第7章 あの匂いは? クィアな時間性とサブカルチャーの生
訳者あとがき
台湾は本当に「LGBTユートピア」なのか?
22人のマイノリティの語りに向き合い読み解かれる、
揺れ動く台湾の実相と、いくつもの〈性/生〉の「現在地」
「台湾のホモナショナリズムとは、共同体としての異性愛規範は維持しつつ、台湾をアジアにおいて例外的に「同性愛に寛容」な場とし、(…)国家・文化的な優位性を特徴付ける形で、同性愛者を国家に内包する言説」であると同時に「「台湾という存在自体」を維持することに寄与している」--(本書「おわりに」より)
序章 「台湾=LGBTユートピア」像の広がり
第1章 ホモナショナリズムはどのように語られてきたか
第2章 反婚視座をめぐるアンビバレンス
第3章 ナショナルプライドをめぐるアンビバレンス
第4章 「われわれ台湾」vs.「かれら中国」で見えなくなること
第5章 国際同性婚における「一國四制」と理想的移民像
終章 名もなき運動や声と共に
あとがき
失敗や敗北のほうが、成功や勝利よりもはるかに創造的で驚異的だ! 『ファインディング・ニモ』『シュレック』といった傑作アニメから前衛アートまでを縦横に読み解き、資本主義と異性愛規範に支配された現代における「成功」の神話を解体する。バトラー以降のクイア理論を代表する批評家ハルバースタム、待望の初邦訳。
導 入 低俗理論
第一章 反乱のアニメ化と反乱するアニメーション
第二章 「この野郎、俺のファルスはどこだ?」--忘却、敗北、堂々巡り
第三章 失敗のクィアアート
第四章 シャドウ・フェミニズムーークィアな否定性とラディカルな受動性
第五章 「私のなかの殺人者は、あなたのなかの殺人者」--同性愛とファシズム
第六章 失敗を活性化するーーエンディング、逃れること、生き延びること
謝 辞
原 注
訳 注
訳者解題
参考文献
索 引
「社会にはびこる不寛容、不正義、ままならなさ。それらをつぶさに反映し、生きる身体の記録」--少年アヤ推薦!
「精神障害」の「性的マイノリティ/クィア」に立ちはだかる日常の壁。トラウマ、パートナーとの関係、そして就労・社会保障……。ぐったり寝ながら、逃げながら、「生活」と「社会」改善をめざしてつづられた、真剣で、たまに笑える日々の記録。
性的マイノリティ・メンタルヘルスの問題から社会をみるコミックエッセイ&インタビュー
まえがき
第1部 元気がない、生産性もない
第2部 精神障害と就労
第3部 寝たきりからの回復
あとがき
女の子にもなりたくないし、男の子にもなりたくない。
私はただ、自分自身でいたい。
クィア、ノンバイナリーのコミック作家マイア・コベイブの自叙伝。
自身の生い立ち。幼少期から思春期で過ごした環境、そして、青年期にかけてクィアをテーマにした音楽や漫画、ファンタジー作品と出会い、自身の性のあり方に向き合い出すことで、生まれた、気づき、葛藤、戸惑いを丁寧に描く。
ひとりの人間の、ありのままの記録。
2020年 アメリカ図書館協会 アレックス賞受賞
2020年 ストーンウォール図書賞名誉賞(ノンフィクション部門)受賞
「奇妙な」「風変わりな」といった意味をもつクィア(Queer)。性的マイノリティたちが、自分たちを指し示す言葉として用いてきた。
民俗学の視点で、LGBTと呼ばれる人びとの日常的な営みを捉える七つの論考集。
◇第一部 民俗学史からクィアを考える
第一章 日本民俗学クィア研究史(辻本侑生)
第二章 南方熊楠と岩田準一の「男色談義」(辻 晶子)
コラム1 『異態習俗考』--クィア民俗学の古典(島村恭則)
◇第二部 「いま・ここ」からクィアを見通す
第三章 大阪「LGBTの駆け込み寺」の実践(三上真央)
第四章 ゲイバレーボールチームの現代民俗学(辻本侑生)
第五章 長崎のマダムナンシー(大田由紀)
◇第三部 クィア民俗学の展開
第六章 性的マイノリティは差別を「笑い話」に変えるのか?(辻本侑生)
第七章 異類/婚姻/境界/類縁(廣田龍平)
コラム2 ディープ・フォークロアとクィア・アート(島村恭則)
◇第一部 民俗学史からクィアを考える
第一章 日本民俗学クィア研究史(辻本侑生)
一 知られざるクィア研究の系譜
二 北野博美ー日本民俗学におけるクィア研究の先駆者
三 鹿児島「男色」研究史
四 「男巫女」研究史
五 クィアの現代民俗学に向けて
第二章 南方熊楠と岩田準一の「男色談義」(辻 晶子)
一 南方熊楠と岩田準一の性民俗研究
二 「男色談議」の研究史
三 男色研究の発表媒体
四 民俗学と男色研究
五 「男色談議」のその後
コラム1 『異態習俗考』--クィア民俗学の古典(島村恭則)
◇第二部 「いま・ここ」からクィアを見通す
第三章 大阪「LGBTの駆け込み寺」の実践(三上真央)
一 性善寺と調査者(私)の関係
二 性善寺に集う人々
三 セクシュアリティを見つめる場
第四章 ゲイバレーボールチームの現代民俗学(辻本侑生)
一 性的マイノリティとスポーツサークル
二 スポーツサークルと民俗学
三 雑誌『薔薇族』にみるスポーツサークル
四 スポーツサークルから捉えるゲイコミュニティ
第五章 長崎のマダムナンシー(大田由紀)
一 マダム南支
二 華僑二世として長崎で生きる
三 落地生根
◇第三部 クィア民俗学の展開
第六章 性的マイノリティは差別を「笑い話」に変えるのか?(辻本侑生)
一 差別と笑い話
二 ハッシュタグと社会変革
三 事例分析
四 インターネット空間の多声性
第七章 異類/婚姻/境界/類縁(廣田龍平)
一 MCUのロキ、北欧神話のロキ
二 異類婚姻譚の概念をクィアにする
三 民間説話のクィア・リーディングによってできること
コラム2 ディープ・フォークロアとクィア・アート(島村恭則)
男性アイドルを好きなレズビアン、女性アイドルを愛するゲイ、BLと当事者性をめぐる探索、実在のアイドルで遊ぶ物語、フィクションにおけるトランス嫌悪、ボーイッシュな女性アイドルのかっこよさ…。H.O.T.のデビューから始まる第1世代、東方神起がアイドル文化を本格化した第2世代、EXOに代表される第3世代、BTSやBLACKPINKが牽引する第4世代。世界とアジアと韓国のK-POP受容を読み解きながら、性別二元論ではなくクィアの視点でK-POPの魅力を語る画期的論集。
「わたしたちのセクシュアリティ」と 自己変容の企み
レヴィナスはなにを規範とし、なにを不在にしたのか、そこにはなにが可能的に蠢いていたのか、そのテクストがいまクィアに/へ開かれていく。ジェンダークィアを生きる新進気鋭の著者によるまったく新しいレヴィナス論。
村上靖彦氏、藤高和輝氏推薦
日本の同性カップルが「難民認定」された国で、
わたしが手にしたたくさんの問い、そして言葉。
日本と違って20年前から同性婚ができて、「LGBTQ先進国」と言われるカナダ。先住民や有色人種への差別が残り、パレスチナ解放をめぐって揺れ動いてもいるカナダ。二度の滞在をもとに、そしてバックラッシュが強まる日本の政治的状況を踏まえながら、その今を記録した著者初のエッセイ集。
“わたしたちはここにいる、わたしたちはクィアだーーでも、どうしたら伝わるだろう? 目の前に存在しているにもかかわらずしばしば「見えない」存在にされてしまう/「見えない」存在であることを強いられてしまう時、確かに「ここにいる」と、どうしたら伝わるのだろう。わずかな時間ではあるもののカナダに滞在している間、そして日本に帰ってきてからずっと、わたしは「見える/見えない」存在について考えているような気がする。”(本文より)
この旅行記は、ひとりのクィアの経験を綴ったにすぎない。それでも、そのひとりの経験になんとか「言葉」を与え、分かち合うことを通じて、見えてくるものがあるはずだ。
プロローグ
第1部 トロント・プライド
1 正義を今、求めてるーー2023年のトランス・マーチ
2 自分の権利のためにマーチする必要があるか?--2023年のダイク・マーチ
第2部 カナダ再訪
1 再びカナダについて
2 トロント・スケッチ
3 ウィニペグ旅行⑴ーー赤いドレスとブリュワリー
4 ウィニペグ旅行⑵ーー人権ミュージアム
5 クィアのカップルセラピー
6 クィアのホームパーティー
7 クィアと空間の政治⑴ーーパレスチナ連帯キャンプ
8 クィアと空間の政治⑵ーー「ラファに手を出すな」集会
9 ここにも、そこにも、どこにでも
エピローグ
ジェンダーやセクシュアリティの規範性やカテゴリーの境界線を問い直す概念としての「クィア」は、LGBTブームのはるか以前から、映画文化を通じて日本に流入し、その地平を広げてきた。作品や表象のなかで、不可視化され、無視され、隠蔽されてきたものは何か。それらを「クィアなもの」としていかに再発見できるか。あつかう地域や新旧問わず、幅広い作品を様々な方法論で論じた本書は、クィアとシネマをめぐる思考と実践のアーカイヴである。
英文学の古典とセジウィック、バトラー、ベルサーニらの理論を介し、読む快楽と性的快楽を混淆させ、クィア批評のはらむ緊張を見据える。解説 田崎英明===性差や異性愛といった規範が作用する場から見えない欲望を引き出し、新たな解釈を生産すること。本書は、そうしたクィア批評の声に耳を傾けながら、「自分ではない」ものへの同一化による読むことの快楽と、性的な快楽を混線させる試みである。セジウィックの理論や英文学の古典から、ホモソーシャルな欲望、共同体の規範に従う快楽、プライヴァシーという概念装置等を縦横に論じるとともに、クィア批評と精神分析の思想的往還を、ジジェク、バトラー、コプチェク、ベルサーニらを読むことで辿った。クィアなるものが含む解放性と固有性のパラドックス、批評的・思想的探究と政治的意味の緊張をも見据えた名著。 解説 田崎英明===クィアな読解とは何かディケンズ、セジウィックからベルサーニまで===【目次】1 見えない欲望を読む第一章 セジウィックとホモソーシャル/ホモセクシュアル連続体第二章 男と男のあいだー『デイヴィッド・コパフィールド』のセクシュアリティ第三章 ジェイン・オースティンを読む兵士たち2 プライヴァシーの亀裂と侵犯第四章 わたしは作文を引き裂いたー『ヴィレット』と語る女性の私的領域第五章 登場人物には秘密がないーE・M・フォースターのクローゼット3 精神分析とクィア批評の往還第六章 欲望はそこにあるージジェク、コプチェク、固い現実界第七章 主体化されない残余≠去勢ージュディス・バトラーと誤読のポリティクス第八章 孤独なマゾヒズムーレオ・ベルサーニへの斜線あとがき解説 秘密の在り処(田崎英明)
1 見えない欲望を読む第一章 セジウィックとホモソーシャル/ホモセクシュアル連続体第二章 男と男のあいだー『デイヴィッド・コパフィールド』のセクシュアリティ第三章 ジェイン・オースティンを読む兵士たち2 プライヴァシーの亀裂と侵犯第四章 わたしは作文を引き裂いたー『ヴィレット』と語る女性の私的領域第五章 登場人物には秘密がないーE・M・フォースターのクローゼット3 精神分析とクィア批評の往還第六章 欲望はそこにあるージジェク、コプチェク、固い現実界第七章 主体化されない残余≠去勢ージュディス・バトラーと誤読のポリティクス第八章 孤独なマゾヒズムーレオ・ベルサーニへの斜線あとがき解説 秘密の在り処(田崎英明)
SNSで受けたトランスジェンダー排除発言への違和感をきっかけに「もっと知りたい」と取材を敢行。すべては「知ることから始まる」。
偏見に立ち向かった56人のLGBTヒーローを未来の子供たちに伝えるピクチャーズBOOK。
フレディ・マーキュリー、ナブラチロワ、美輪明宏などの文化に多大な貢献をしたLGBTアーティスト、作家、イノベーター、アスリート、活動家の感動的なストーリー。
LGBTQの歴史における感動的な人物のコレクションについてもっと知りたい人に最適な一冊です。
夜な夜な多様な人々が集まるバーが新宿二丁目に。やってくるのはLGBTQの人、アーティスト、作家……。バーのオーナーは木更津出身で元芸能人。普通の人の三倍くらいに濃い経験をした、その数奇な運命が、いま語られる。帯文は、氣志團の綾小路翔さん!
第1部 ひとりの宇宙ー【二倍ダーシ】新宿二丁目のバー「星男」とクィアな私の物語/第2部 新宿二丁目で働く先輩に話を聴く/I 二丁目のママにはそれぞれの役割があり、それぞれのお客様がいる agitの菅原有紀子(YUKKO)さん/II ノンバイナリーかもしれない自分 Tacʼs Knotの大塚隆史(Taq)さん/「星男」という現在進行形のストーリー -- あとがきに代えて